生産性向上のためにも、人手不足に対応するためにも、もはや中小企業のデジタル化は待ったなしの状況です。本コラムでは、『中小企業のための 会社を正しくデジタル化する方法』(小社刊)の著者が、資金も人材も限られる中小企業がデジタル化に成功する方法を解説します。
※本記事は月刊「企業実務」連載コラム・「絶対に失敗しない! デジタル化の進め方」を一部編集のうえ転載したものです
中小企業にとっての「デジタル化の恩恵」とは?
「あなたの会社はどこに? 企業のデジタル化レベル」では、企業にとってのデジタル化の成果・恩恵は、「顧客接点を改革することでコストの負担を極小に抑えつつ、顧客に大きな利便性を提供することで狙えるもの」と説明しました。今回はそれをさらに深掘りし、真に企業成長に繋がるデジタル化の考え方について解説します。
企業のデジタル化は、ソフトウェアの導入だけでなく、社員がそのソフトウェアを効果的に利用することで初めて完結します。そして、会社内の組織の壁を超えてデータで社員同士が繋がり、ソフトウェアと協調作業ができるようになってこそ、デジタル化の成果が上がり始めます。
一方、企業にはさまざまな役割を担った社員がいますが、どんな社員であろうとも、直接・間接に顧客に何らかの影響を与える仕事をしているはずです。
たとえば、製造部門は顧客の期待や要望に沿った性能・品質・納期・価格の製品をつくり上げる役割を担っています。また経理部門は、顧客に正確でタイムリーな請求をする役割を演じています。
他方、部品調達部門の仕事は、生産計画に合わせて部品を発注し、在庫過多にならないように工夫することです。一見、顧客との繋がりは希薄のように見えます。しかし、彼らの仕事の結果、部品の納品予定が決まり、生産計画が決定されます。それによって製品在庫計画が定まり、注文があったときの納期も確定できます。
つまり、顧客から引合いがあったときに納期を即答するのに重要な情報は、部品調達担当者も関与してつくっているわけです。こう考えると、彼らも「顧客接点」に重要な影響を与える一員と言えます。
「顧客接点」を通じて新たな価値を顧客に提供
このように、社員と顧客との関係性を拡大解釈して「顧客接点」を考えると、問題は、間接的に「顧客接点」に関係している社員の工夫や努力が、顧客に「目に見える影響」を与えにくいことにあります。
実際、部品調達担当の社員がどんなに頑張って仕事をしても、その努力はなかなか顧客に伝わりません。つまり、“努力を価値に転換しにくい”のです。
そこで、発想を転換してみましょう。たとえば顧客から想定外の大量注文が来ると、通常は納期を即答することはできません。このとき、受注を受けたその瞬間から、部品調達担当者が努力して部品納期を前倒しし、その結果、製品出荷日が顧客の要求を満たすものに前倒しできたとします。
普通ならこれで対応は終わりますが、もし、これらの社内状況をリアルタイムで顧客に伝えることができたらどうなるでしょうか?
顧客の手元に、「受注処理中→部品在庫調整中→生産計画確定・納期確定」といった各段階の様子がリアルタイムに届くデジタルの仕組みをつくったとします。おそらく納期回答を待ちわびている顧客にとって、わざわざ督促しなくても状況が把握できるのは安心でしょう。と同時に、信頼感も感じるはずです。
この機能ひとつで、顧客にとってその取引先はなくてはならない存在に格上げされるのです。
これは、社内がアナログ仕様のままでは実現できません。業務をフルデジタル化し、データを元にした業務プロセスに変革した会社だからこそ実現できることです。顧客に提供する情報の元データはすでにデジタル化されているので、見せ方を少し変えるだけで対応できるからです。
この例のほかにも、会社をデジタル化することで初めて可能となる「顧客接点」改革はたくさん考えられます。
製品のトレーサビリティを要求されている会社であれば、納品した製品の製造情報をデータとして顧客に自動提供することも喜ばれるでしょう。大型な設備をつくっている会社であれば、輸送と納品設置が顧客にとっての重大事です。
ネット上で輸送の日程や物流業者の選定などを調整できれば、顧客の利便性は一気に上がります。AI技術の発展を考えると、製品自体に製品の使い方を説明する対話機能を付けるのも効果的です。
このように、デジタルの力を借りると、顧客接点は比較的容易に改革できます。「コスト」と思われている社員の仕事も、デジタル化によって、新たに顧客に提供できる価値(情報)を生む可能性があります。
しかも、ほかの投資よりも比較的低負担でできることが多いので、中小企業にはうってつけの企業成長戦略になり得ます。この点についてはあまりスポットライトが当たっていないところなので、デジタル化の価値として、ぜひ再認識していただきたいと思います。
顧客接点の概念を下図に示しますので、これを参考に頭の体操をしつつ、アイディアを募ってみてください。
サプライチェーン全体がデジタルデータで繋がる時代へ
さらに、もっと先を見据えた動きも出始めています。それは、
- 顧客と双方向のデータの流れをつくる
- 部品調達先などのサプライチェーンとも双方向のデータの流れをつくる
- 企業間取引を一気に密なものに変革させる
という考え方です。たとえば、顧客の中長期需要の情報がデータで常に流れてきて、それを使って自社の生産計画を立案してゆく、というものです。
大手企業と下請企業の間で、すでに実現しているところもあります。一部の企業連合では、ソフトウェアがこれらのデータの流通と活用を担うところまで高度な使い方がされていますが、大多数の中小企業はそこまで高度なデータ化はできていません。メールでデータをもらってそれを手動で読み取り、参考にしている程度です。
しかし、このようなデータ流通の考え方と、そのためのツール類は着実に進化しています。中小企業に使えるものが登場するのも時間の問題でしょう。
AI関係製品も爆発的に増えている状況から、これまでのようにデータの書式に制約されることなく、比較的ラクにデータの自動交換ができる素地ができつつあります。サプライチェーン全体にデータが流通する状態になれば、ミスも減り、それぞれの企業における効率化も劇的に進むでしょう。
雲をつかむ話のような印象を持たれるかも知れませんが、確実に、そうした方向に向かって世の中は進んでいます。そう遠くない将来に中小企業も巻き込んだうねりになるはずなので、それまでに準備を怠らないようにしたいものです。
著者profile
鈴木純二(すずき・じゅんじ)
ベルケンシステムズ代表取締役。IT導入コンサルタント。大手OA機器メーカーでハードウェアエンジニアを経験後、情報システム部、ネット経営戦略責任者等を歴任。独立後、製造業、サービス関係の企業のIT導入を支援する事業を展開する。