生産性向上のためにも、人手不足に対応するためにも、もはや中小企業のデジタル化は待ったなしの状況です。本コラムでは、『中小企業のための 会社を正しくデジタル化する方法』(小社刊)の著者が、資金も人材も限られる中小企業がデジタル化に成功する方法を解説します。

※本記事は月刊「企業実務」連載コラム・「絶対に失敗しない! デジタル化の進め方」を一部編集のうえ転載したものです

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会社をデジタル化できるのは技術者だけ?

仕事柄、顧客企業の社長から「デジタル化を進めるために人材を採用したいが、なかなかよい人が見つからずに困っている」という相談を受けることがあります。その際の「よい人」というのが、デジタル化を進めるための専門知識がある、もしくはプログラムを組める「技術者」を指していることは言うまでもありません。

しかし、実はそんな「よい人」(技術者)を採用しても、デジタル化が進むとは限らないのです。それどころか、せっかく採用した人材が、あっという間に辞めてしまうことすらあります。

たとえば、プログラムを組める人材を採用したとします。入社時には通常の採用者と同様に、その人に社内業務について概要を説明したりもするでしょう。一通りの研修を終えたら、IT技術者として採用したわけですから、「では、落ち着いたところで○○業務を合理化することができるソフトを開発するように」といったミッションを与えることになると思います。

ここで問題が発生します。当然ながら、その人には会社の業務をこなした経験がなく、気心の知れた同僚もいないはずです。「○○業務」に、どの部門の誰が、どのように関わっているのか、そもそも業務の詳細も知らなければ、関係部署がどことどこで、どのように業務に絡んでいて、どこに非効率性が潜んでいるのか、まったく知らないのです。

「そんなことはわかっている。だから経験者を採用するのだ」こんなふうに思うかも知れません。

ですが、他の会社で同じようなソフト開発をした経験があったとしても、他社で有効だったソフトの機能が入社した会社でも有効とは限りません。新入社員である技術者には、適合するかどうかの判断すらつかないでしょう。

そうこうするうちに、成果をまったく出せないまま月日は流れ、それでも上司からの期待だけは高いままなので、当の技術者は心にストレスを抱え続けることになります。結果的に、そのストレスに耐えきれず退職してしまうか、周りがしびれを切らせて組織のなかで浮いてしまうなどして立ち行かなくなる、という悲劇が起きるのです。

もちろん、うまく立ち回ることができ、次々と業務改善ソフトを開発してくれるという成功事例もありますが、それは業務フローがかなりシンプルな場合など、極めて稀なケースです。

「ひとり情シス」の功罪

仮に、優秀なIT技術者が孤軍奮闘し、デジタル化に成功したとしましょう。それでも別の問題が残ります。

中小企業にとって、1人の優秀な社員が部門を横断して活躍するのは歓迎すべきことでもあります。経営層が思い切って会社のデジタル化に舵を取り、採用した技術者が成果をあげているなら、「いったいどこに問題があるのか?」と思うかも知れません。

ところが、私が観察するところ、無視できないデメリットがあります。そのひとつが「特定の人への業務集中と属人性」です。

特に規模の小さな会社の場合、仕事が高度に属人化してしまうのは仕方ありませんが、それがソフトの開発となると、成果物はもはや属人性の塊のようなものになってしまいます。そのソフトがどのようにつくられているのか、他の人には理解できないブラックボックスになってしまうのです。

もし、その人が退職するなどという事態になると、そのブラックボックスを読み解いて他の人にも修正できるようにしなければなりません。これは、非常にハードルの高い仕事となります。

また、その人の感性でプログラムされているため、つくられたソフトの機能が本当に最適なものなのか、きちんと判断できていないこともあります。私が現場で確認したなかにも、本来はそんなソフトは不要で、業務のやり方を変更するだけで十分に合理化できたケースがいくつもありました。

しかし、「ソフトをつくってくれ」と言われれば、技術者は(必要か否かにかかわらず)つくるものです。このあたりの属人性が「ひとり情シス」の大きな問題点です。

デジタル化に必要な人材とは

このように見てくると、「デジタル化するには、新たにIT人材を採用しなければ」という考え方が、いかに短絡的なものかがわかると思います。

では、どうすればよいのでしょうか? これに対する答えはひとつです。それは「社内キーマンをIT人材に育てよ!」です。社内のベテランキーマンであれば、当然、社内の事情がよくわかっています。経営層が持つ悩みも共有できている、もしくは共有するのが容易なはずです。

そのような社員は日常業務に忙殺されていることが多いので、中途半端に業務を兼務させるのは得策ではありません。多少の無理はしても、そのような人を現業から外し、デジタル化の専任担当者に任命するほうがよいでしょう。

もちろん、当の本人は、最初は困惑すると思います。何から手をつけてよいか、まったくわからないでしょう。ITについてはまったくの素人でしょうから、ある程度の勉強も必要です。

しかし、社内のどの業務にどのような課題が存在しているかはよく知っています。どうすればそれが解決できるか、手段に関する知識を得さえすれば、解決に向けて比較的容易に動き出せます。

“自社業務に関する素人”を採用して教えるより、ITは素人でも、社内事情に精通する既存社員にIT技術を学ばせるほうが早いことは間違いありません。しかも、「デジタル化の担当者がソフトをつくる」必要はありません。

最近は、出来合いのツールを設定するだけで受発注管理ソフトができてしまうような製品もあります。そうしたものを使えば、デジタル化の担当者にプログラミングの知識は不要です。仮にソフトをつくる必要があっても、比較的安くつくるノウハウを持った開発会社もあります。

自力でイチからソフトを開発する必要など、そもそもないのです。

中小企業にとって必要なIT人材が備えているべき特性を下表にまとめたので、参考にしてください。きっと、社内にIT人材候補が見つかるはずです。その証拠に、かく言う私もサラリーマン時代、素人からIT担当になったのですから。


著者profile

鈴木純二(すずき・じゅんじ)

ベルケンシステムズ代表取締役。IT導入コンサルタント。大手OA機器メーカーでハードウェアエンジニアを経験後、情報システム部、ネット経営戦略責任者等を歴任。独立後、製造業、サービス関係の企業のIT導入を支援する事業を展開する。