生産性向上のためにも、人手不足に対応するためにも、もはや中小企業のデジタル化は待ったなしの状況です。本コラムでは、『中小企業のための 会社を正しくデジタル化する方法』(小社刊)の著者が、資金も人材も限られる中小企業がデジタル化に成功する方法を解説します。
※本記事は月刊「企業実務」連載コラム・「絶対に失敗しない! デジタル化の進め方」を一部編集のうえ転載したものです
企業のデジタル化成功とはどんな姿?
企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれて、早くも数年経ちました。大手企業の例を中心に、DXの成功事例がさまざまな媒体で紹介され、なかには「売上や利益が大きく改善された」といった輝かしい成功事例も数多く発表されています。
しかし、中小企業のデジタル化成功事例はそれほど多くは聞きません。情報発信力が限られる中小企業であるがゆえ、なかなかその成功体験を耳にする機会がないことも要因ではありますが、ほとんどの場合「外部に誇れるだけの成功が得られていない」というのがその理由です。
一般的に、中小企業のデジタル化については、経営者から見ると、
- ××の業務を合理化したい
- だからそのためのソフトウェアを導入することにした
- 関係者には大変な苦労をかけたが、無事にソフトウェアが稼働できた
といった経緯をたどり、精神的には満足に終わることも多いものです。しかしほとんどの場合、効果がまったく見えないか、もしくは人件費の微減といった小さな効果が得られるにすぎません。
一方、その投資金額はその微減程度の合理化で簡単に償却できるほど小さいものではないことが多いものです。これでは、ソフトがうまく動いたとしても成功とは言えません。
当たり前のことですが、どんな投資でも必ず会社の成長や変革に貢献しなければならないわけですが、デジタル化投資の場合は、具体的な方向性を定めることが簡単ではありません。結果的に多くの経営者が、成功像を思い描くことができず、それがデジタル化への舵取りができないことにつながっていきます。
「デジタル化で大きな効果など、どうやったら期待できるのやら」という疑心暗鬼に陥ることは当然とも言えます。
しかし、ここでひとつ考えてみていただきたいことがあります。もし、みなさんの会社が販売している商品やサービスが、お客様と対話し始めたらどうなるか——?
何も夢のようなことを話しているのではありません。たとえば、機械部品加工業の会社を想定してみます。大手顧客からの注文により、小ロット多品種で顧客から提供された図面に基づいて金属加工し、日々納品している会社だとしましょう。毎日、細かいロットで注文書が来ますが、その納期情報をFAXやメールで顧客へ返答していたとします。
そんな会社の事務部門に、ある日ソフトウェアが導入されます。すると、注文請書や納品書上にURLが自動印刷され、顧客がそこにアクセスすると製造状況や図面番号、製造着手日や出荷予定日、ロット番号などの細かい情報にアクセスできるようになったとしたら、どうなるでしょうか?
顧客は何の手間や面倒もなく、必要かつ十分な情報にいつでもアクセスできるようになります。つまり、製品に添付された紙が、お客様と喋り始めるのです。
これは革命的とは言えないまでも、顧客に大きな利便性を提供することになります。その利便性に少しでも依存した顧客は、競合他社に流れにくくなることは間違いないでしょう。しかも、ソフトウェアの投資はしていても、製品の変動費が上がるようなコストアップはありません。
これ以外にも、中小企業でできる「商品が顧客とデジタルで会話する」というデジタル化ならではの施策は無数に考えられます。製品に貼り付けているシールにその会話への入口を追記してもよいですし、メールやチャットで顧客に商品情報をプッシュで送る仕掛けをつくれば、さまざまな利便性・付加価値を提供できるはずです。
つまり、デジタルの技術を上手に活用して顧客接点を改革することで、コストの負担を極小に抑えつつ、顧客に大きな利便性を提供できる可能性が広がるのです。これが、中小企業の求めるべきデジタル化成功の姿です。
自社のデジタル化レベルを判定しよう
こういった、デジタル化の恩恵を受けるには、現在の自社の状況を客観的に見極める必要があります。それを簡単に自己判定できる概念図を下図に示しました。
この概念図において、レベル3は先に述べたとおり「商品と顧客がデジタルで会話」している段階、つまり中小企業におけるデジタル活用の到達点になります。
その下のレベル2に着目してみましょう。自社に何らかの業務システムが導入されていて、一見するとうまく動いているように思われる会社です。このような会社の場合、人手は依然必要ではあるものの、業務のかなりの部分にソフトウェアが活用されているように見えます。
しかし、これらのソフトウェアによってもたらされる恩恵はすべて社内に向いているはずです。
優秀な生産管理ソフトを導入していても、それが顧客に直接的なメリットを提供できていることはめったにありません。ワークフローソフトを導入し、「決済業務が楽になった」と感じているかもしれません。しかし、それは社内の合理化にしかなりません。
この状態では、デジタル化が顧客接点を十分に改革しておらず、会社業績への貢献が不十分です。
では、レベル1を見てみましょう。「パソコンを導入した。そこに、業務に使えるソフトを入れた」という段階の会社です。事務系社員1人に1台のパソコンがいきわたり、一生懸命それを使っている社員の姿を見ると、「我が社もデジタル化できた」と勘違いする人もいるでしょう。
しかし、実際にはソフトとソフトの間のデータ連携等はまったくできておらず、言わば「電卓がパソコンに置き換わった」程度の使い方しかできていないので、目に見えた会社成長に繋がりません。また、デジタル化による成功の兆しも見えてこないので、デジタル化投資へ舵を切る経営判断も困難です。
この段階の会社には、顧客接点を大きく改革して成長軌道を描くグランドデザインが必要です。それを前提に、デジタル化レベルの階段を着実に上ってゆく方針と計画を立案する必要があるのです。
ぜひ一度、デジタル化レベルの概念図に自社を重ね、「どのような段階にあるのか」「自社の狙うべき到達点はどのようなものなのか」を思い描いていただければと思います。きっと、デジタル化のヒントが見えてくるはずです。
著者profile
鈴木純二(すずき・じゅんじ)
ベルケンシステムズ代表取締役。IT導入コンサルタント。大手OA機器メーカーでハードウェアエンジニアを経験後、情報システム部、ネット経営戦略責任者等を歴任。独立後、製造業、サービス関係の企業のIT導入を支援する事業を展開する。