SaaSなどに代表されるWeb上だけで完結するサービスと異なり、現物を扱う事業の場合は必ず在庫管理や物流と言ったロジスティクスの課題が付きまといます。そのため、それらの課題を解決し全体最適化を図るSCM(サプライチェーンマネジメント)の重要性はここ20年ほどでうなぎ上りで増しています。

そこで、資生堂やNECなどグローバル企業で需要予測に携わりながら、大学の講師として教鞭をとる山口雄大氏の新刊『サプライチェーンの計画と分析』の内容を交えながら、最新のSCMに関する知見を短期集中連載でご紹介します。

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業務における情報の分析フロー

SCM(Supply Chain Management)に限らず、多くの業務でさまざまな情報を参考にしているはずです。数値情報に限らず、定性的な言語情報から示唆を考えることもデータ分析と言えます。その共通のプロセスは大まかに次の4ステップになると考えています。

  1. 情報収集
  2. データ整理
  3. 業務における分析(例:需要予測・財務分析・購買分析など)
  4. 意思決定(例:施策立案・在庫計画・調達計画など)

大企業ではERP(Enterprise Resource Planning)システムなどに売上や商品・顧客マスタなどの情報が整理されている場合が多いですが、顧客の声や外部環境、施策に対する評価などまで一元的に管理できている企業は多くありません。そのため、どんな情報が必要かを各担当者が想像し、時間をかけて収集する必要があります。

集めた情報の種類や量は多く、そのままでは有益な示唆を得ることがむずかしい状態になります。そこで、書籍第5章で説明しているデータリテラシーを使い、情報を整理します。具体的には、データの関連づけ、補正、分類、基礎統計量の確認、簡単なビジュアライゼーションによる傾向や関係性の把握などです。

その後でいよいよ、自身が担当する業務の分析を行うことができます。需要予測であれば、自社からの出荷だけでなく、取引先からの出荷や最終消費者・ユーザーの購買実績、SNSで発信された商品への評判、競合のマーケティング情報などを収集し、需要を予測したい商品と関連付けて整理しておかないと、精度の高い需要予測を目指すのはむずかしいでしょう。

最後に、人による意思決定が必須です。データからどんな示唆が得られたとしても、それを踏まえてアクションに移すのには責任が伴います。

需要予測はデータ分析の結果のままで良いと思われがちですが、それは間違いです。過去の延長である時系列予測でも、高度なAI(人工知能)による予測でも、それを自身、自部門の責任としてマーケティングや営業、生産や調達、物流、経営管理などのさまざまなステークホルダーへ提示する必要があります。

人の記憶とスキルに依存する分析

データ分析と聞くと、統計学やプログラミングなどを使った数値・言語解析を思い浮かべやすいですが、このように業務フローを整理すると、かなりの部分で人の記憶とスキルに依存する構造が見えてきます。

とくに情報収集は経験の差が出やすいものです。たとえばメーカーからの出荷変動が発生した際、その原因を分析する必要がありますが、経験があれば、次のようなことなどをすぐに思いつき、すばやくさまざまなアクションを開始することができます。

  • 販売チャネルやエリアなどのセグメント別に変動率の差を調べる
  • 卸出荷やPOSレベルでも変動が発生しているかを調べる
  • 他カテゴリや関連商品でも同程度の需要変動が発生しているかを調べる
  • 競合含め、外部環境の変化を調べる
  • 対象商品のマーケティング計画を確認する
  • 過去の類似例から需要変動の継続可能性を想像する
  • 整理した情報を基にマーケターや営業担当者と議論する

しかし、新任の担当者は右往左往し、まずはまわりのプロフェッショナルに助けを求めるといった動きになってしまいます。データの整理についても基本的には同じです。こうした人の記憶やスキルに依存してパフォーマンスが大きく変わるプロセスに、どうAIなどの高度な技術を使って価値を生み出すかを考えることが重要なのです。

たとえば、別々のシステムに存在する情報の自動ひもづけや、カテゴリ・商品ごとに重要な外部情報を管理するデータベース、統計学やAIを使った異常値の検知と予測モデルによるその補正案の提示など、この需要予測の例のようにプロセスを分解すると、具体的な支援策を考えることができます。

最後のステップである意思決定も、AIを使ったシナリオ分析やシミュレーションができることで、思考の幅を広げることができるでしょう。

たとえば気象や競合のマーケティングなど、先を見通すのがむずかしい要素が需要に大きく影響する場合、一つの予測値が当たる前提での意思決定は有効になりにくいと言えます。そうした業界、商材については、因果関係をモデル化し、シナリオ分析できるケイパビリティが競争力を生むのです。

AI導入目的のギャップ

AI導入の目的に関するAI白書2020の調査結果 では、「ヒューマンエラーの低減」や「労働力不足への対応」といった項目で、AIの「導入を検討中」、つまりはAIを導入していない企業の期待値が高くなっていました。労働力や人件費の削減というテーマは関心が高い一方、AIを「導入済み」の企業の回答結果から、それは期待すべき項目ではなくなる傾向があると言えます。

これはAIのパフォーマンスが期待値に届かないというよりは、AIの学習データや特徴量の管理、AIのアウトプットの解釈と説明など、新たな仕事が生まれるからだと筆者は考えています。

逆に「導入済み」の企業がAIに期待しているのは、「業務効率化や生産性向上」、「新サービスの創出」、「既存サービスの付加価値の向上」など、新たな価値創出に関連するものでした。

この調査は2019年に行なわれたものですが、2024年時点でも参考になる示唆が得られると思います。

また当時は、AI導入済みの企業が22社であったのに対し、導入を検討中の企業は358社と、15倍以上の差が開いている状況での調査結果でした。2024年ではこの差がだいぶ縮小されていると思いますが、導入検討中の企業については特に知っておくべき内容と言えます。

AIもデータサイエンス同様、人の意思決定を支援できてこそ価値を生み出します。

ここで、人の意思決定を「強化」するものか、「置換」するものかは見極める必要があります。強化とは意思決定の質とスピードを高めることであり、置換は意思決定を自動化・効率化することと言い換えられますが、予測誤差が発生した場合のデメリット(代償)の大きさに留意すべきだと指摘されています。

病気の診断のように間違いの代償が大きい場合は、人の意思決定を「置換」すべきではなく、「強化」するためにAIを活用すべきと考えられています。

需要予測においても、施策の対象にならない商品はAI予測で「置換」し、新商品や主力品は、販売計画のリスク評価のためのカウンターフォーキャストや、意思入れのためのベースフォーキャストなどとして活用することで、意思決定を「強化」するといった使い分けが有効だと考えています。

こうしたAIの活用法も人が意思決定すべきものなのです。


著者profile

山口雄大(やまぐち・ゆうだい)
NECのシニアデータサイエンティスト兼、需要予測エバンジェリスト。青山学院大学グローバル・ビジネス研究所プロジェクト研究員。東京工業大学生命理工学部卒業。化粧品メーカー資生堂のデマンドプランナー、S&OPグループマネージャー、青山学院大学講師などを経て現職。JILS「SCMとマーケティングを結ぶ!需要予測の基本」講師などを兼職。

実務家向け番組「山口雄大の需要予測サロン」でSCMの知見や事例を発信する他、数百名のデータサイエンティストと協働して様々な業界のSCM改革をデータ分析で支援。「需要予測相談ルーム」では年間50社程度にアドバイスを実施している。Journal of Business Forecasting(IBF)や経営情報学会などで論文を発表。

著書に『すごい需要予測』(PHP研究所)や『需要予測の戦略的活用』(日本評論社)、『全図解 メーカーの仕事』(共著・ダイヤモンド社)、『新版 需要予測の基本』(日本実業出版社)など多数。

現在NECのサイト上で、SCMをデータサイエンスでどう進化させるべきかについて15分で分かりやすく解説した「山口雄大の需要予測トーク!」の「競争力を生み出すSCMデータサイエンス」回を公開中(詳しくは以下のバナーをクリック/タップ)。