SaaSなどに代表されるWeb上だけで完結するサービスと異なり、現物を扱う事業の場合は必ず在庫管理や物流と言ったロジスティクスの課題が付きまといます。そのため、それらの課題を解決し全体最適化を図るSCM(サプライチェーンマネジメント)の重要性はここ20年ほどでうなぎ上りで増しています。

そこで、資生堂やNECなどグローバル企業で需要予測に携わりながら、大学の講師として教鞭をとる山口雄大氏の新刊『サプライチェーンの計画と分析』の内容を交えながら、最新のSCMに関する知見を短期集中連載でご紹介します。

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意思決定のインプットとしての需要予測

何がいつ、どこでどれくらい必要とされるかを予測する需要予測は、SCM(サプライチェーンマネジメント)の情報のトリガーです。バリューチェーンでは研究開発や商品開発が先にありますが、これらは一般にサプライチェーンには含まないことが多いものです。

しかし、研究開発における実験データや調査結果を需要予測に使う場合もありますし、商品開発時点から需要予測が必要になる業界も多いため、関連するプロセスと言えます。

SCMでは、需要はSKU別に数量ベースで予測されます。原材料や部品はここから一意に算出できるため、それらの需要は従属需要と呼ばれます。一方、商品の需要は別の情報から計算できるものではないため、独立需要と呼ばれ、需要予測の対象になります。

これに需要変動リスクやサービス率の目標などを考慮して立案するのが在庫計画であり、既存の在庫や生産予定、生産の効率や制約を加味して生産計画が立てられます(書籍第2章参照)。これらは売上(見込み)の最大化やコストの最小化を目的とし、各種制約条件がある意思決定問題として整理することができます。

そのため、適する技術が異なり、需要予測には機械学習による分類・予測が使われますが、在庫計画や生産スケジュールの立案には最適化技術が有効になります。

最適化技術とは、従来から「Optimization」としても知られているものであり、売上やコストといった目的関数と、生産設備や人員数、サービスレベルの目標といった各種制約条件をモデル化したうえで、その中での最適な条件を算出するものです。

自動で唯一の正解が導かれるというのは正しい理解ではなく、むしろ制約条件をパラメータとして動かすことでシミュレーションし、意思決定を支援する技術と認識するのが良いと考えています。

筆者は、需要予測は後工程の意思決定を最適化する一つの重要なインプットと捉えています。この考え方は、正解を導くのはなく意思決定を支援するという、データサイエンスの実務活用に必須ですし、PoC(Proof of Concept)から運用に移行するための効果試算でも留意すべきポイントになります。

SCMにおける需要予測の役割

予測と計画は別概念

もう1つ、ここで違いを整理しておくべき概念があります。それは、予測と計画です。

日本では需要予測、需要計画、販売計画の違いはあまり明確ではないと感じます。一方で海外、特に米国ではDemand ForecastingDemand Planningに分けて語られる傾向があります。

筆者は前者を需要予測に該当させることが多いですが、予測はデータドリブンで、できるだけ予測者の主観を入れずに行なうべきものだと考えています。後者は需要計画(この言葉は日本語ではあまり聞きませんが)や販売計画に該当させ、予測に対して何らかの“意思”を反映させたものと分けています。

ここで言う“意思”には、

  • 新しい環境変化の影響
  • 過去に実施していない施策の効果
  • 目標や予算達成を目指したアスピレーション(事業計画との整合)

など、根拠を定量的に示すのがむずかしい要素が含まれます。

実務では明確な線引きがむずかしい場合があり、かつどちらが正しいという議論でもありませんが、重要なのは予測と計画を分けて管理することです。

それというのも、計画の目的は目標を達成することであり、そのためには計画の誤差要因をMAPE(Mean Absolute Percentage Error)やBiasといった専門的な指標を駆使して、正しく分析できる必要があります。

その際、予測の時点でどの程度の誤差が発生しているのか、その後の計画立案で悪化したのか、などを把握できることで、目標達成のためのアクションが変わる可能性が高いのです。

予測の誤差が大きければ、データ分析とは基本的に過去の解釈なので、市場が変化していると考えることができます。一方で、計画段階で誤差が拡大しているのであれば、それは自社の施策効果を見誤った可能性があると言えるでしょう。

こうした解釈のためには、需要予測のモデルや使っているデータを理解している必要がありますし、予測モデルの癖(出力の傾向)もモニタリングしておくことが有効です。

統計的な予測モデルや予測AIの活用は基本的に予測を高度化させる手段です。計画立案の精度を高めるためには、より多くの関係者からのタイムリーで正確な情報連携が有効になるかもしれません。

予測と計画を、意思という観点で分けて管理することで、予測精度向上や目標達成に向けた的確なアクションを考えることができるようになります。ビジネスにおける需要予測は、単にロジックを高度にするだけでは成果を生み出すことはできません。

需要予測オペレーションをマネジメントするという発想が有効であり、ここで紹介したような標準知識は、マネジメントに活用することができるのです。

参考文献


著者profile

山口雄大(やまぐち・ゆうだい)
NECのシニアデータサイエンティスト兼、需要予測エバンジェリスト。青山学院大学グローバル・ビジネス研究所プロジェクト研究員。東京工業大学生命理工学部卒業。化粧品メーカー資生堂のデマンドプランナー、S&OPグループマネージャー、青山学院大学講師などを経て現職。JILS「SCMとマーケティングを結ぶ!需要予測の基本」講師などを兼職。

実務家向け番組「山口雄大の需要予測サロン」でSCMの知見や事例を発信する他、数百名のデータサイエンティストと協働して様々な業界のSCM改革をデータ分析で支援。「需要予測相談ルーム」では年間50社程度にアドバイスを実施している。Journal of Business Forecasting(IBF)や経営情報学会などで論文を発表。

著書に『すごい需要予測』(PHP研究所)や『需要予測の戦略的活用』(日本評論社)、『全図解 メーカーの仕事』(共著・ダイヤモンド社)、『新版 需要予測の基本』(日本実業出版社)など多数。

現在NECのサイト上で、SCMをデータサイエンスでどう進化させるべきかについて15分で分かりやすく解説した「山口雄大の需要予測トーク!」の「競争力を生み出すSCMデータサイエンス」回を公開中(詳しくは以下のバナーをクリック/タップ)。