SaaSなどに代表されるWeb上だけで完結するサービスと異なり、現物を扱う事業の場合は必ず在庫管理や物流と言ったロジスティクスの課題が付きまといます。そのため、それらの課題を解決し全体最適化を図るSCM(サプライチェーンマネジメント)の重要性はここ20年ほどでうなぎ上りで増しています。
そこで、資生堂やNECなどグローバル企業で需要予測に携わりながら、大学の講師として教鞭をとる山口雄大氏の新刊『サプライチェーンの計画と分析』の内容を交えながら、最新のSCMに関する知見を短期集中連載でご紹介します。
世界でも日本でも食べ物が捨てられている
みなさんも「フードロス」という言葉は聞いたことがあると思います。食品廃棄のことであり、世界では飢餓に苦しんでいる人たちがいる一方で、年間13億トンもの食べ物が廃棄されています 。
日本だけでも612万トン捨てられていて、その中には調理する前のもの(病気にかかってしまった家畜や災害で傷ついた野菜など)もあれば、調理・加工された後の食べ残しや消費期限切れもあります。
フードロスはもったいないだけでなく、資源の限られた地球の持続可能性のためにも、できるだけ少なくしたいと、ビジネスパーソンに限らず多くの人が考えているでしょう。
外食サービス業においては、消費期限切れによるフードロスは利益を悪化させる要因にもなります。原材料費をかけ、設備や調理スタッフを使って料理を用意しても、売上を生まずに捨てられるからです。
たとえばお寿司は生ものであり、消費期限が特に短いという特徴があります。つまり廃棄リスクが高い商材と言えるのですが、この問題を解決するための1つとして、需要予測の精度向上が取り組まれています。
需要予測とは、何がいつ、どこで何個、必要とされるのかを予測することです。顧客から欲しいと言われてから生産するものであれば、こうした需要予測は不要になりますが、みなさんが普段、小売店で目にするほとんどの商品は購買時点で生産されているものであり、需要予測が必要なのです。
外食サービスにおいては、注文を受けてから調理されている印象があるかもしれません。しかし、そのための食材は購入されていますし、メニューによっては仕込みが済んでいます。こうした予測に基づく行動によってサービス提供までの時間を短くし、顧客の体験価値を向上させているのです。
時間帯別の回転寿司の需要予測
回転寿司チェーンは、2020年からのパンデミック、そして原材料価格の高騰を受けた値上げにより集客に苦戦しました。集客が落ち込めば、売上も下がり、利益も確保しづらくなります。食品廃棄ロスの影響も大きくなるため、AI(人工知能)を使った需要予測に取り組む企業が出てきました。
AIで需要予測の精度を高め、さまざまなムダを減らすことで利益を増やそうという狙いです。データ基盤の構築や十分な学習データセットを用意するなど、適切な機械学習の環境を構築できれば、AIは人よりも多くの情報を適切に考慮した分類や予測ができる可能性が高まります。
回転寿司の需要は、消費期限の問題から、月や週、日よりも細かな時間帯別の予測が必要になります。時間的にもエリア的にも物的にも細かいほど、需要の因果関係は複雑になる傾向があり、より多くの要素を考慮しなければなりません。
基本的には、客数予測よりも商品別の需要予測のほうがむずかしくなります。これは、客層、人によってメニューの好みが異なり、つまりは因果関係がより複雑になるからです。また、日本全国計よりも、店舗別の客数予測のほうがむずかしいと言えます。これはエリアによって天候や店舗近隣のイベントの影響が大きくなるためです。
回転寿司チェーンであれば、近くの幼稚園や学校のイベントや、コンサート、スポーツの試合などによって客数だけでなく客層も大きく変わると考えられます。また、その時間帯の天気や近隣の競合チェーンのキャンペーンも客数に影響するでしょう。季節に合わせてメニューに加える新商品の需要予測も簡単ではありません。
こうした複雑な因果関係が商品ごとに異なり、かつ頻度高く更新していく必要もあるため、AIの活躍が期待できると考えられているのです。しかし、先述のような因果関係を整理し、データとして蓄積することを主導するのは人です。
外食サービスでは、図に記載した要素以外にも、扱う商材によって留意すべきものがあるでしょう。筆者の経験では、少なくとも30~40種類の要素(AIの学習においては特徴量と言います)を整理する業界が多かった印象です。これは各商材の顧客、競合、市場などを熟知した各社の有識者ではないと、的確に想像することができません。
また、AI、機械学習を含む、データサイエンスの基礎知識がないと、業務知見(ドメイン知識)を有効活用することはできません。プログラムを書けなくても、次のことを理解しておく必要があるのです。
- AIにはどんなことを期待できるのか
- そのためにはどんな情報が必要か
- どのような形のデータとして蓄積しておくことが必要なのか
- AIのアウトプットを基に、何に留意して意思決定すべきか
業界知見を持った人とAIが協働することで、フードロスという世界的な社会問題が少しでも解決されればと願っています。
参考文献
著者profile
山口雄大(やまぐち・ゆうだい)
NECのシニアデータサイエンティスト兼、需要予測エバンジェリスト。青山学院大学グローバル・ビジネス研究所プロジェクト研究員。東京工業大学生命理工学部卒業。化粧品メーカー資生堂のデマンドプランナー、S&OPグループマネージャー、青山学院大学講師などを経て現職。JILS「SCMとマーケティングを結ぶ!需要予測の基本」講師などを兼職。
実務家向け番組「山口雄大の需要予測サロン」でSCMの知見や事例を発信する他、数百名のデータサイエンティストと協働して様々な業界のSCM改革をデータ分析で支援。「需要予測相談ルーム」では年間50社程度にアドバイスを実施している。Journal of Business Forecasting(IBF)や経営情報学会などで論文を発表。
著書に『すごい需要予測』(PHP研究所)や『需要予測の戦略的活用』(日本評論社)、『全図解 メーカーの仕事』(共著・ダイヤモンド社)、『新版 需要予測の基本』(日本実業出版社)など多数。