SaaSなどに代表されるWeb上だけで完結するサービスと異なり、現物を扱う事業の場合は必ず在庫管理や物流と言ったロジスティクスの課題が付きまといます。そのため、それらの課題を解決し全体最適化を図るSCM(サプライチェーンマネジメント)の重要性はここ20年ほどでうなぎ上りで増しています。

そこで、資生堂やNECなどグローバル企業で需要予測に携わりながら、大学の講師として教鞭をとる山口雄大氏の新刊『サプライチェーンの計画と分析』の内容を交えながら、最新のSCMに関する知見を短期集中連載でご紹介します。

競争優位を生むロジスティクス&インテリジェンス

ビジネスは戦争になぞらえて語られることがありますが、筆者はどちらにおいてもロジスティクスが極めて重要になるという考え方に賛同しています。ロジスティクスは物流の言い換えではありません。より自律的な概念であり、最前線における需要予測を踏まえた物資・資源の調達から、物流によって届けきるところまでをリード&フォローする機能です。これが前線における競争優位を生み出します。

そして需要予測はロジスティクスにおいて必須の機能であり、競争優位の源泉でもあると考えています。需要予測のキャリア、研究をつづける中で気づいたのが、需給情報の収集と分析、そこからの示唆を意思決定層へ発信していくことも、競争優位を生み出していくために非常に重要であるという事実です。筆者はこれを「需給インテリジェンス」と呼び、経営における意思決定を深化させる重要な機能だと提唱しています。

ロジスティクスとインテリジェンスは補完的な関係にあり、需要予測をベースとする需給インテリジェンスは適切なロジスティクスの実行のために有効です。一方でロジスティクスの各所から収集できる情報が需給インテリジェンスに必須となります。

需給インテリジェンスを踏まえたロジスティクスこそが、前線で効果的に機能し、競争における優位性を生み出すのです。『サプライチェーンの計画と分析』(日本実業出版社 2024年)ではこの需給インテリジェンスを重要な切り口として、データサイエンスで進化しつつあるSCMを解説します。

競争力の創出を目指すSCM

SCM、サプライチェーンマネジメントという言葉は、この20年程度でだいぶ日本企業にも広まり、重要視されるようになってきたと感じます。SCMの知識体系をグローバルで整理しているASCM(Association for Supply Chain Management) によると、SCMは次のように定義されています 。

「価値の創造、競争力のある基盤構築、世界規模でのロジスティクス活用、需給の同期化、グローバルなパフォーマンス測定を目的とする、サプライチェーン活動の設計、計画、実行、管理、監視。」

企業の活動は基本的に、製品やサービスを通じて顧客に価値を販売することですが、そのためには営業やマーケティング、ファイナンス、研究開発、商品開発、調達、生産、物流など、さまざまな機能が連携しています。顧客に提供する価値を創造するこの連携はバリューチェーンとも呼ばれますが、その中で需要と供給(需給)のバランスを制御し、企業の競争力を高めていくしくみがSCMなのです。

SCMの中でも特に、ビジネスに必要な物を調達したり、販売したりする際に重要な輸配送、保管、出荷などを適切に制御する概念をロジスティクスと呼びます。商品の原材料や部品、人材の調達、製品の生産拠点、顧客など、ビジネスの対象範囲が世界に広がっていく中で、ロジスティクスの戦略的な活用がますます重要になっています。

SCMにおける制御では、計画、調達、生産、ロジスティクス、販売などさまざまな活動が対象になりますが、それぞれのパフォーマンスを定期的に測定することが必要になります。モニタリングすべきKPI(Key Performance Indicator)を定めることで、異常を早期に察知し、改善のアクションに動けるのです。

本書ではこのSCMについて、企業の具体的な活動もまじえながら基礎的な知見を解説するとともに、AIやデータ分析による進化など、近年のトレンドも紹介していきます。

SCMを学ぶ目的

2020年からの世界的なパンデミックを受け、SCMの考え方は大きく変化したと言えるでしょう。需要に加えて供給の不確実性が高まったことや、在庫をはじめ、効率を追求し過ぎることが事業の継続性に大きなリスクになると、SCMに関わるビジネスパーソンは学びました。

サプライチェーンは自社の製品やサービスを顧客に提供するための物と情報の流れであり、こうしたビジネス環境の変化も踏まえ、経営層はそれを適切に管理してくことが求められます。このパンデミックによって、経営層の意識のフォーカスが、生産コストから物流・供給コストへ変わったことが指摘されています 。

従来は生産コスト、つまり労働力や土地などのコストや、技術レベル、生産環境やインフラの整備状況などを考慮した生産拠点の配置が重要視されていました。これは、生産コストが物流コストに比べて大きい場合が多かったためです。しかし、パンデミックに起因してコンテナ運賃が10倍近く暴騰するなど、物流コストが上がったり、半導体をはじめとする重要な部品などの安定的な供給を前提にできなくなったりしたことが、サプライチェーンデザインを考え直すきっかけとなったのです。

生産コストを低くするために、主要な販売エリアから遠く離れた国に生産拠点を構えた場合、基本的には物流コストは高くなります。また、輸送距離が長くなるほど、なんらかのトラブルで物流が遅延するリスクや原材料や部品、最終製品などの汚破損リスクは高まります。

また、各種在庫の状況、何が今、どんな状態でどこにあるのかが不透明になっていきます。物流コストが生産コストと比較して圧倒的に小さければ、こうした影響はあまり考えなくて良いのですが、もちろん業界によるものの、全体的な物流コストとリスクの上昇がサプライチェーンデザインの考え方を変えているのです。

COVID-19によるパンデミックは特別なものではなく、自然災害や紛争・テロ、貿易摩擦など、サプライチェーンに大きな影響を与える出来事はくり返されています。そうしたVUCAな環境下で事業を継続していくためには、リアルタイムに近い情報に基づく需給バランスの制御、SCMが極めて重要な役割を果たしていて、経営層やSCMの部門長だけでなく、ファイナンスや営業、マーケティング、ITなどの業務領域でも、部長クラス以上には必須の知識となってきていると言えます。

インターネットやAIといった技術が進歩し、スマートフォンが普及してSNSを使った生活者からの情報発信が劇的に増え、EC(Electric Commerce)が多くの商材で当たり前になるといった購買行動の変化と、異常気象の増加や世界的なパンデミック、SDGs 意識の高まり、サイバー攻撃リスクの増加といった、サプライチェーンにおける供給の不確実性の増加の中で、商品を受け取るまでの体験も重要になってきています。

つまり、商品開発や設計、販売に携わるマーケターやエンジニア、営業担当者などもSCMに関する基礎知識を身につけておくことが重要になっていて、SCMを考慮した商品デザイン(Design for SCM)、マーケティングを考えることが競争力に直結し始めているのです。

このように、SCMは経営層にとっても実務担当者にとっても、企業の持続的な競争力を生み出すために必須の知識になっています。 『サプライチェーンの計画と分析』でSCMの標準知識とビジネスの最前線での試行錯誤、さらには近年のデータサイエンス活用のアイデアなどを知り、データドリブンSCMによる自社の競争力向上について考えていただければと思います。


著者profile

山口雄大(やまぐち・ゆうだい)
NECのシニアデータサイエンティスト兼、需要予測エバンジェリスト。青山学院大学グローバル・ビジネス研究所プロジェクト研究員。東京工業大学生命理工学部卒業。化粧品メーカー資生堂のデマンドプランナー、S&OPグループマネージャー、青山学院大学講師などを経て現職。JILS「SCMとマーケティングを結ぶ!需要予測の基本」講師などを兼職。

実務家向け番組「山口雄大の需要予測サロン」でSCMの知見や事例を発信する他、数百名のデータサイエンティストと協働して様々な業界のSCM改革をデータ分析で支援。「需要予測相談ルーム」では年間50社程度にアドバイスを実施している。Journal of Business Forecasting(IBF)や経営情報学会などで論文を発表。

著書に『すごい需要予測』(PHP研究所)や『需要予測の戦略的活用』(日本評論社)、『全図解 メーカーの仕事』(共著・ダイヤモンド社)、『新版 需要予測の基本』(日本実業出版社)など多数。