交渉に苦手意識がある人の中には、「相手を説得せねばならない」「上手に話すべき」と考えている人もいるのではないでしょうか。しかし、交渉を成功に導くために必要なのは、「交渉相手の話を聴く」こと、「自分の内面を整える」ことの2点であると心理カウンセラー弁護士の保坂康介氏は言います。今回は、交渉にもコミュニケーションにも苦手意識を持っている方に向けた新著 『心理カウンセラー弁護士が教える 気弱さん・口下手さんの交渉術』から、「自分の内面を整える」ために気弱さん・口下手さんが、普段から取り入れたい心の習慣を教えます。

「ねばならない」思考、 「べき」思考を手放していこう

人との交渉を丸くおさめるためには、普段から「ねばならない」思考や「べき」思考を手放していくことも大事です。これは交渉時に限らず、持っていたほうがよい考え方でもあります。

そもそも「ねばならない」思考や「べき」思考とは何でしょう? それは、自分の中で確立された「~とはこういうものだ」とか、「~とはこうあるべきだ」「~でなければならない」といったルールのことです。

人によって行動の価値基準は異なっている

例えば、「人には丁寧な言葉で接しなければならない」とか、「お金は無駄遣いせずに貯金をしなければならない」「目上の先輩には敬語を使うべきだ」といったようなものが挙げられます。こうしたルールは多くの方々がそれぞれに持っています。その中でも「丁寧」 とか「無駄遣い」「敬語」の評価は、人それぞれ違うのではないでしょうか。

人は皆、生まれ育った環境や遭遇した出来事などがまったく違うため、身を置いた環境、味わった経験によって、どのような言葉づかいであれば「丁寧」なのか、どんなお金の使い方が「無駄遣い」なのかは、人それぞれ基準が異なっているのです。

こうした自分の中で確立された「あるべき姿」や「ルール」を携えて相手との交渉をしていくと、当然に交渉相手の言動や提示条件に違和感を覚えたり、常識的ではないんじゃないの、と勝手に評価してしまうことが出てくると思います。

そうすると、自分の世界における正解にこだわり、交渉相手にも自分のルールを世の中のルールであるかのように押しつけあってしまい、交渉が難航してしまうのです。これが「ねばならない」思考、「べき」思考のデメリットです。

交渉を進めていくうえで大切なのは、感情に振り回されずに冷静さを保つことです。そのためにも「こうあるべき」や「こうしないといけない」という思考にしばられず、自分自身や他人に対してフラットな姿勢であることが望ましいのです。

「ねばならない」思考、 「べき」思考が形成された要因

「ねばならない」思考、「べき」思考は大きく分けて2つの過程で形成されます。

1つは幼少期の家族や周囲との関係性等の中で、自分が今後も生存し続けるために自らが編み出したものです。親から認められたい、他者から承認されたいという思いから、そのために「こうするべき」「こうであるべき」というルールを自らに決めてしまうのです。

もう1つは学校や部活動など家庭以外の場で受けた教育によって形成されます。僕は小、中、高校と野球部に所属していました。当時はいまより先輩後輩の上下関係が厳しく、先輩の言うことに異論を唱えることはご法度となっていました。違う意見や自分の意見を言うと生意気だと見なされていました。こうしたルールは、社会に出て通用するわけではありません。

逆に、社会に出てからは自分なりの意見を言わないままでいると、やる気があるのか、 などと違和感を覚える人のほうが多くなります。

でも、僕は社会人になってしばらくはこの思考癖が抜けず、意見を言うことができませんでした。目上の人には逆らったり反対意見を言うべきではないという思考が邪魔をしていたのです。こうした思考になっていると、同僚が目上の人に反対意見を言ったりしているのを見ると、その同僚に対して嫉妬を感じたり、イライラした感情が芽生えたりしていました。

こうした「ねばならない」思考や「べき」思考のために人間関係や交渉がうまくいかない人は、真面目で思慮深い性格の人々に多いと思われます。

「自分はそんな思い込みや思考はない」と思っている人であっても、自分自身を客観的に見つめてみると、意外と「ねばならない」思考や「べき」思考にとらわれていたりするものです。

思い込みを外すと相手への許容性が高くなる

もし自分の中にある小さなルールやこだわりを見つけた場合は、それをいったん手放してみることを試してみてもいいかもしれません。

また、他人や本との出会いによっても、自己の認識が高まることがあるので、普段とは違う本や人と出会う機会を意識的につくり出すようにしてみるのもいいですね。

自分の中で決めた、あるいは築き上げた「ねばならない」思考、「べき」思考をゆるめると、 交渉相手に対する許容性も増しますので、よりスムーズな交渉を見込むことができます。


保坂康介(ほさか こうすけ)
1977年秋田県生まれ。弁護士/カウンセラー。明治大学政治経済学部卒。ドラマ「HERO」をきっかけに司法試験を目指し、2007年旧司法試験に合格。勤務弁護士として5年間の実務を経験した後、2014年に独立する。以降、東京都新宿区で法律事務所FORWARDを運営。延べ1500件以上の訴訟、調停、交渉代理の経験をする中で「理屈で攻めるより相手の心理も踏まえた交渉のほうが依頼者を幸福度の高い解決に導ける」ことを実感。2019年から心理学を学び、カウンセラー資格を取得。聴き方、伝え方、各種心理ワークを弁護士業務に活かすことで、ほぼすべての依頼者にとって満足度の高い交渉結果を生み出すに至っている。