昨年東証が要請した「低PBR(株価純資産倍率)の改善要請」は市場に一定のインパクトをもたらし、「金利の変動」とならんで23年の相場の大きなトピックとして取り上げられました。

そして24年1月15日の今日、要請に応じて低PBR改善策を開示企業の一覧が公表されました。これにより、各銘柄が「株価向上に向けて積極的な姿勢を示しているか否か」が可視化され、今後の投資動向にも一定の影響が生じるとみられます。

とはいえ、東証の要請による影響はそれだけとは限りません。上記のように株価はもちろんのこと、今後の企業活動など様々な方面にも何らかのリアクションが返ってくるものと思われます。

そうした動きが続くなか、みずほ証券チーフストラテジストの菊地正俊氏により「東証の要請を通じて市場や経済にどのような影響があるのか」を俯瞰的にまとめ上げた『低PBR株の逆襲』が昨年12月末に発刊されました。本記事では東証の要請とその影響がどう現れるかの一端を、同書の「はじめに」を抜粋する形式でご紹介します。


2023年3月末に東証はプライムとスタンダード市場の上場企業に対して「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」と題して、低PBRの企業に対して経営改革の要請を行ないました。

東証上場企業の約半分がPBR(株価純資産倍率)1倍割れになっているのは長年の現象です。そのため、この要請には唐突感がありました。うがった見方では、東証が2022年4月に行なった「市場構造の見直し」の評判が芳しくなかったため、そのリカバリーショットと見なす向きもありました。

それはともかく、東証の発表は好感され、ウォーレン・バフェット氏による大手商社株の買い増しや日銀の植田和男総裁就任などのイベントとも重なったため、4~6月に外国人投資家の日本株買いが急増して、日経平均は約33年ぶりの高値に上昇しました。

東証の要請は、アベノミクス下でも緩やかにしか進まなかった日本企業のコーポレートガバナンス改善が本格的に変わるきっかけになると、外国人投資家から見なされたのです。

さらに、岸田首相が2023年9月21日のニューヨーク経済クラブでの講演で「コーポレートガバナンス改革の実効性を高める。PBR等を意識した経営と計画の策定・開示・実行を促進する体制を構築する」と述べたことで、低PBR対策、すなわち低PBRに甘んじている企業に経営改革を促し、株価を底上げすることは国策になったともいえます。

2023年8月末に東証は、7月中旬時点での対応状況の集計を発表しました。要請を踏まえた開示を行なった企業の割合はプライム市場で31%、スタンダード市場で14%でした(このなかに「検討中と開示」した企業をそれぞれ11%、10%含むため、すでに開示した企業はそれぞれ20%、4%にとどまりました)。

東証は2024年初めに、要請に基づき開示した企業の一覧表を公表するとしているため、対応する企業が増えると期待されます。

TOPIXの時価総額加重平均PBRが約1.4倍にとどまる一方、S&P500の平均PBRは4倍超です。PBR1倍はたんなる通過点と見なすべきです。PBR1倍割れの企業が1倍を目指す一方、PBR1倍超の企業はより高みを目指すことが求められます。

東証・金融庁も自社株買い等による一時的な対応ではなく、企業の成長戦略を求めています。私も投資家が評価できる低PBR対策としては、

  1. 資本コストを意識したROE(自己資本利益率)・ROIC(投下資本利益率)の目標
  2. 株主還元・財務戦略の具体策
  3. 事業ポートフォリオ見直し等の成長戦略

の3本柱が必要だと考えます。

たとえば、これらの3条件を充たす施策を2023年4月27日に発表したJVCケンウッドは、2023年度1Q決算がポジティブ・サプライズになったこともあり、同対策発表前に約0.6倍だったPBRが、9月5日時点で1倍を超えました(株価は70%上昇)。

現在PBRが2倍超のソニーグループにも、アップル等との競争激化から長らくPBRが1倍割れの期間がありました。株価は四半期業績で振れますが、企業は中長期的にPBR1倍超を維持できるような事業の見直しを求められます。

東証の要請への対応はPBR水準のみならず、業種によっても差が見られました。東証の集計では、銀行業の開示が約7割と進んでいる一方、情報通信、サービス、小売業等で相対的に開示が進んでいないことが示されました。

たとえば、PBRが0.2~0.3倍の地銀は、ROEが低く、政策保有株式の割合が高い場合は、株主総会において取締役選任案に賛成しないというように議決権行使基準を厳格化した機関投資家が増えてきたこともあって危機感を強めたようです。

こうしたコーポレートガバナンス改善期待に加えて、日銀の超低金利政策の見直し期待やバリュー物色の流れを受けて、銀行株は大きく上昇しました。

なお、東証・金融庁は、機関投資家との対話(エンゲージメント)を通じて企業が自主的に変わることも望んでいます。

これについては、GPIF(年金積立金管理運用行政法人)は「スチュワードシップ活動・ESG投資の効果測定プロジェクト」を実施中ですし、独立系の運用会社のシンプレクス・アセット・マネジメントが2023年9月7日に上場したアクティブETFの「PBR1倍割れ解消推進ETF」の純資産が約170億円に達するなど、投資家の気運も高まっています。

個人投資家は低PBRの個別銘柄に投資するほか、投信やETF等を通じて東証のイニシアティブを後押しするとともに、その果実を得ることができるでしょう。

このような動きが続くなか、本書では「低PBR株の逆襲」が、どういう背景から起きているのか、その潮流の行方はどうなるのか、個人投資家がその潮流に乗るためのヒントはどこにあるのか、事業会社や運用会社に求められていることは何かなど、幅広いテーマについての知見をまとめました。多くの関係者の参考になれば幸いです。


著者profile

菊地正俊(きくち・まさとし)

みずほ証券エクイティ調査部チーフ株式ストラテジスト。1986年東京大学農学部卒業後、大和証券入社、大和総研、2000年にメリルリンチ日本証券を経て、2012年より現職。1991年米国コーネル大学よりMBA。日本証券アナリスト協会検定会員、CFA協会認定証券アナリスト。日経ヴェリタス・ストラテジストランキング2017~2020年1位、2022年2位。

著書に『カーボンゼロの衝撃』『アクティビストの衝撃』(以上、中央経済社)、『日本株を動かす外国人投資家の思考法と投資戦略』『米国株投資の儲け方と発想法』『相場を大きく動かす「株価指数」の読み方・儲け方』(以上、日本実業出版社)など著書多数。