「感覚過敏」という言葉を知っていますか?
感覚過敏とは、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚などの諸感覚が過敏になっていて日常生活に困難さがある状態をいいます。感覚過敏は、病名ではなく症状です。そのため、診断名があるわけでもなく、治療方法があるわけでもありません。
感覚過敏の当事者であり、16歳の現役高校生の加藤路瑛さんは、この度『感覚過敏の僕が感じる世界』を上梓しました。加藤さんは、感覚過敏に関する悩みを解決するための会社やコミュニティを自ら運営しています。ここでは、感覚過敏に対する基本的な質問について、加藤さんと専門家の小川修史先生(兵庫教育大学准教授)にお答えいただきました。
※本稿は『感覚過敏の僕が感じる世界』から一部を抜粋し、再編集しています
Q.感覚過敏とは?
A.感覚過敏とは、多くの人が特に気にならない音、明るさ、ニオイ、肌触りなどを非常に苦痛なレベルで感じるため、円滑な社会生活を送ることが難しくなる状態のことを言います(※1)。
感覚過敏の症状は人によって違います。1つの感覚が過敏な方もいらっしゃれば、複数の感覚が過敏な方もいらっしゃいます。感覚器ごとに、視覚過敏、聴覚過敏、嗅覚過敏、味覚過敏、触覚過敏と表現する場合もあります。代表的な症状を当事者の声から紹介します。
■視覚過敏の代表的な症状
- スマホやパソコンの画面の光が目に刺さる感じで痛い
- スマホの画面を一番暗くしてもまぶしい
- 太陽の光で頭が痛くなる
- 白い紙や画面がまぶしくてつらい
- 人が多いところに行くと具合が悪くなる(視覚情報の多さに疲れる)
■聴覚過敏の代表的な症状
- 冷蔵庫や空調、時計の秒針などの生活音、環境音が気になる
- 目の前の人の声とまわりの声の音量が同じくらいに聞こえ、会話が聞き取りにくい
- 大きな音に恐怖を感じる
- 子どもの声や赤ちゃんの泣き声が苦手
- 騒がしい場所にいると体調が悪くなる
■嗅覚過敏の代表的な症状
- 化粧品やシャンプーなどニオイのあるものが使えない
- 食べ物のニオイで頭痛や吐き気がする
- 洗濯洗剤や柔軟剤の香りで気分が悪くなる
- 車の排気ガスや飲食店のニオイなど、さまざまなニオイが混ざりあっている街中にいるのが苦痛
■味覚過敏の代表的な症状
- 味に敏感で食べられるものが極端に少ない
- 味や調味料の変化に敏感で、少しでも普段と違うと食べ物を受けつけなくなる場合がある
- 食感にも苦手なものが多い
■触覚過敏の代表的な症状
- 人に触れられることが苦手
- 服のタグ、縫い目などに痛みや不快感を感じ、快適に着られる衣服が少ない
- 口まわりが敏感な場合、マスクの着用が難しい
- 化粧品やリップクリーム、ハンドクリームなど肌に塗るものが苦手
- 雨や風が当たると不快感や痛みがある
■五感以外の感覚過敏
- 熱さに敏感すぎて、風呂に入ることができない(温度感覚)
- 冷たいプールに入れない(温度感覚)
- ブランコや遊園地の乗り物が苦手(平衡感覚)
- わずかな傾きで気持ち悪くなったり乗り物に酔いやすかったりする(平衡感覚)
感覚過敏のくわしいメカニズムは残念ながらまだ解明されていませんが、原因は大きく分けて3つです。
1)脳や神経の障害や病気によるもの
生まれ持った脳の特性である発達障害、または交通事故などで脳にダメージを受けることによる高次脳機能障害や認知症、てんかんなど。
2)感覚器によるもの
目や耳などの感覚器の病気で、光をまぶしく感じたり、音がうるさく感じたりします。
3)ストレスやメンタルによるもの
自律神経失調症やうつ病、双極性障害、統合失調症などの精神疾患、PTSD や強いストレスによっても感覚の過敏さを感じることがあります。感覚過敏は病気ではなく、これらの病気や障害の症状として見られるものです。
専門家の視点から
感覚過敏は周囲から認識することが難しく、「なまけている」や「わがまま」ととらえられることも実際に多くあります。結果的に自己肯定感や自尊心が低くなり、不登校などにつながるケースがあります。
大切なのは感覚過敏のつらさを自分基準で考えずに、相手の立場に立って理解することです。そうすることで、サングラスやイヤーマフの着用といった工夫や、運動会でピストルを使用しないなど環境面で配慮することが可能になります。
Q.感覚過敏がある人は発達障害なのですか?
A.感覚過敏の定義は曖昧です。発達障害の分野で使用されることが多い言葉ですが、精神科領域で使うこともありますし、麻酔科、緩和ケア、介護の分野で使われることもあります。
アメリカ精神医学会の診断基準DSM-5では、自閉症スペクトラム(ASD)の診断基準の1つとして「感覚入力に対する敏感性あるいは鈍感性、あるいは感覚に関する環境に対する普通以上の関心」という項目があげられています。ASDの96%に感覚の問題があるという研究もあります。
このように書くと、感覚過敏がある人は発達障害、特に自閉症スペクトラムのように受け取られる方もいらっしゃるかもしれませんが、発達障害のすべての方に感覚過敏があるわけではありません。
また、うつ病や自律神経失調症などによって感覚過敏の症状が出ることもありますし、トラウマや精神的に大きな影響があった出来事を機に感覚過敏になる場合もあります。
また、交通事故などで脳へダメージを受けた高次脳機能障害の人も、感覚の過敏さを訴える場合が少なくありません。
以上のように、すべての発達障害の方に感覚過敏の症状があるわけではなく、また、感覚過敏の症状が見られる病気や疾患はさまざまですので、感覚過敏だからといって必ずしも発達障害だとは言えません。
専門家の視点から
大切なのは周囲が「感覚過敏」や「発達障害」といったラベリングをすることではなく、本人の「困り」を適切にとらえることです。これらの名称は「困り」を適切にとらえるためのあくまでもヒントです。
また、一概に感覚過敏といっても症状は実に多様です。また環境によっても過敏性の出現の仕方は異なりますので、本人の「困り」を聞き取ること、そして信頼関係を構築して「困り」を表出しやすい環境を整えることが重要といえるでしょう。
Q.感覚過敏は治らないの?
A.ときどき「感覚過敏が治った」「おとなになったら気にならなくなった」という体験を語ってくださる人がいます。僕自身が今、16歳なので、もしあと何年かして感覚過敏によるつらさがなくなったらどんなにいいことかと期待してしまいます。
しかし、逆に「おとなになるにつれ、過敏が強くなっている」と語る人もいます。どちらが正しいのでしょう?
多分、どちらも正しいのでしょう。発達障害の治療薬や、うつ病などの治療薬を飲んで、感覚過敏がなくなる(やわらぐ)ことはあるようです。脳神経の興奮を抑える薬を飲んで過敏さが減ったと話してくれる体験者の人もいます。
また、成長とともに感覚過敏とうまくつきあえるようになったことで、感覚過敏はなくなっていなくても、なくなったように感じる人もいます。
たとえば僕の場合も成長するにつれ、「自分はこのシーンでは聴覚過敏で体調が悪くなるからイヤホンをつけておこう」とか、「このレストランのニオイは苦手だから行かないでおこう」と、自分で行動を調整できるようになりました。
この、原因となるものをあらかじめ避ける行動は、「感覚回避」と呼ばれることもあります。このような感覚回避行動によって、過敏になる状況が減ってしまうから、「治った」と感じる場合もあるのでしょう。
僕は子どもの感覚過敏でつらいのは、自分で選べる選択肢が少ないことだと思っています。学校や家族のルールがあり、子どもはそれに従わなければならない。
一方、おとなになると、自分で選べることが増えます。本意ではないかもしれませんが、感覚過敏がつらくて通勤して働くのは無理だからフリーランスとして働こうとか、この素材の服は苦手だからやめておこうとか、自分の状態や過去の経験から自分の道を選ぶことができます。
その選択肢のある状態が「感覚過敏が治った」という言葉につながるのかなと思います。もちろん、本当に過敏さがなくなった人もいるようです。慣れや折りあい、「あきらめ」も含めて、過敏さがおだやかになることがあればいいのになと思います。
それとは逆に、「どんどん感覚過敏がひどくなっている」とおっしゃる人もいます。感覚過敏も発達障害の症状の1つとして先天的にある場合もあれば、うつ病やPTSD などの精神疾患などで後天的になる場合もあります。おとなになってから感覚過敏になった場合は、どんどんひどくなっていくと感じることもあるのではないかと思います。
もう1 つは、逆に感覚過敏を認知して、より感覚が研ぎ澄まされて過敏になっていく場合もあります。僕もその傾向があることは否定できません。
感覚過敏という言葉に出会って、心が軽くなったのは事実ですが、もし、感覚過敏という言葉を知らなかったら、「気のせい」「気にしすぎ」で処理できたこともあったかもしれません。
感覚過敏が治るか治らないかについては、「わからない」というのが現実です。でも、過敏さを緩和できる方法は遠くない日に実現できると思っています。その方法を発明する人間はやっぱり僕であったらいいなと思っています。
専門家の視点から
「感覚過敏」は病気ではなく、あくまで特性ですので、治る/治らないの軸で議論することはできません。ただ、環境を整備することで感覚の過敏性は緩和できます。
たとえば、ニオイに過敏性があっても、ニオイのしない空間では困りは発生しません。このように、工夫や配慮で環境にアプローチすることが重要となります。そのためには、感覚過敏の当事者だけでなく、社会全体が「感覚過敏について知ること」が何より大切なのではないでしょうか?
※1)岩永竜一郎『自閉症スペクトラムの子どもの感覚・運動の問題への対処法』東京書籍/2014
加藤路瑛(かとう・じえい)
2006年生まれ。株式会社クリスタルロード代表取締役社長。感覚過敏研究所所長。聴覚・嗅覚・味覚・触覚の感覚過敏があり、小学生時代は給食で食べられるものがなく、中学生になると教室の騒がしさに悩まされ中学2年生から不登校。その後、通信制高校へ進学。子どもが挑戦しやすい社会を目指して12歳で親子起業。子どもの起業支援事業を経て13歳で「感覚過敏研究所」を設立。感覚過敏の啓発、対策商品の企画・生産・販売、感覚過敏の研究に力を注ぐ。
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