私たちが知っている「世界史」は、西欧が中心となったひとつの歴史観に過ぎない。私たちは、世界がどう動いているかを、固定観念や断片的な情報に惑わされずに、自分の頭で理解するよう努めなければならない──。

日本を代表するマルクス研究者の的場昭弘教授が、新著に込めたねらいを語ります。

※本稿は『「19世紀」でわかる世界史講義』の「はじめに」と「序章」の一部を抜粋・再編集したものです。


「世界史」はどのように生まれたのか

本書は、世界史を扱う書物です。しかし、これまでの世界史の書物と決定的な違いがあります。それは、本書では「世界史」という概念自体を批判し、「世界史」という概念で見えてこないものを見ようとしているからです。

「世界史」とは、19世紀の資本主義が生み出した西欧中心の歴史観であり、まずその歴史観が生まれた原因を、本書では、国民国家の成立の中に見ています。国民国家は特殊西欧的国家だったのですが、それを知るために19世紀以前の国民国家の成立に至る歴史を、第1部で検討します。第2部では、西欧が「世界史」によってアジア、アフリカを支配していく歴史を分析します。

本書は、西欧において西欧優位の「世界史」という概念が成立し、そしてそれに対する西欧の自信喪失と、新しい動きが出てきた時代までを取り扱います。それ以降の時代の歴史については次の書物に譲ることにします。

なぜ世界史なのか

私はマルクスの研究者ですが、もちろんマルクス研究はかなりオールラウンド性を求められます。しかし、世界史となると、これはさらに大きなテーマであり、まとめるのが大変です。

アジアから、南アメリカから、何から何まで対象となって、元来、一人では無理です。しかし、私も、定年までもう一年しかありません。定年を迎えるにあたって、大学で長い期間研究してきたことを、一つの形にまとめてみたいと考えています。

なぜ、世界史なのかということですが、どんな人も自分が生きてきた人生を振り返って、納得できる形で世界を理解したい。一体、世界はどうなっているのか。

もちろん日本のことでもわからないことがあるのだから、世界のことなどわかるはずがないとも言えます。テレビやラジオを視聴しても、ほとんど何も伝えてくれない。最近ではYouTubeなどで、好き勝手な情報が流されています。

そのせいもあって、専門家の存在が希薄となっています。大量の断片的知識が、電話帳や辞典のようにあふれ返っていますが、それらのすべてを知っている者はいません。しかし、それらをどのようなスタンスで見ればいいかを知ることは必要でしょう。

欧米に依存する日本のメディア

世界の報道に関しても同様です。今も西側勢力と東側勢力、英仏米と中露は対立し、報道もその対立を反映しています。テレビのニュースも一方的な報道ばかりです。

日本の場合、多くは英米仏にべったりなので、内容や筋書きについては、欧米に依存する場合が多い。欧米で定評があるというだけで、『ニューヨーク・タイムズ』や『ロンドン・タイムズ』、『ル・モンド』といった主要新聞のストーリーをそのまま採用しています。

これらは、いずれも政治的立場を鮮明にしている新聞であって、その立場を理解したうえでの報道であれば、追随か同意かはともかくも、仲間ということでわかります。しかし、よくわからずに流しているのであれば、それはたんなる無知の垂れ流しです。

では、こうした西側メディアのニュースをチェックする時にどうすればいいか。ロシアや中国の報道を見るべきなのです。しかし、一般的にはそれは無理難題です。なぜなら、私たちの小学校、中学校、高等学校での外国語教育は英語だけであり、ロシア語や中国語、ましてアラブ語などは勉強をしていません。とはいえ、ロシアや中国の英語放送がありますから、せめてこういうものを観ておくことが必要です。

またこうした情報の受信とは逆に、日本で起こったことを海外にしっかりと伝えているのかという問題もあります。日本の政府やメディアなどがロシア語、中国語、フランス語、ドイツ語等の言語で日々発信しているかどうかということですが、これが実に弱い。

これは外国語力だけの問題ではなく、何を伝えるかという視点が不明確だからです。日本の情報を海外に伝えているのは、日本に来ている海外の特派員たちですが、彼らだけでは、彼らの立場から見たことだけしか伝わりません。アメリカの特派員はアメリカ人の視点、アメリカ的偏見が入ります。

世界史を知る意味

一番重要なのは、語学ではなく視点です。この視点を構成するのは、世界観であり、そしてそれは理論なのです。だから、日本人は世界観と理論を磨く必要があります。それがないと、海外には伝わらないのです。

私たちは世界観を身につけねばなりません。もちろん、世界を知ればおのずと世界観が身につくというものではなく、世界を見る方法(理論)を学ばねばならないということです。

世界を知るとは、自分たちの考えを相手にどう伝えるかということなのです。ものを書くことは畢竟(ひっきょう)、表現力です。私たちはこの表現力を欠いています。これからは、それではまずい。

今後、私たちは世界に対して物事を発信する必要があると同時に、世界がどう動いているかをなるべく自分の頭で正確に知らねばなりません。それが世界を知るということであり、当然ながら世界のこれまでの歴史を知ることです。そういう観点から、この世界史講義を進めていきたいのです。


的場昭弘(まとば あきひろ)

1952年生まれ。神奈川大学教授。慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。マルクス研究の第一人者。社会思想史、マルクス経済学専攻。著書に『超訳「資本論」』全3巻(祥伝社新書)、『未来のプルードン』(亜紀書房)、『カール・マルクス入門』(作品社)、『最強の思考法「抽象化する力」の講義』(日本実業出版社)、『資本主義全史』(SB新書)、『一週間de資本論』(NHK出版)、『マルクスだったらこう考える』『ネオ共産主義論』(光文社新書)、『未完のマルクス』(平凡社)、『いまこそ「社会主義」』(池上彰氏との共著・朝日新書)、『復権するマルクス』(佐藤優氏との共著・角川新書)。訳書にカール・マルクス『新訳 共産党宣言』『新訳 初期マルクス』『新訳 哲学の貧困』(作品社)、ジャック・アタリ『世界精神マルクス』(藤原書店)など多数。