しかしながら、市民が置かれた状況を常に考え、多種多様な社会保障サービスを適切なタイミングで漏れなく届ける体制を持つ、「総合的なサービス企画」に類する組織はどこにも存在しません。では、どうすればよいのでしょう。
社会保障には「ヒューマンサービス(Human Services)」という概念もあります。従来の社会保障に関わるすべての領域を、人が生きていくために必要なサービスととらえ直す考え方です。サービスの利用者が「いつ、どんな理由で何を求めているか」を深く理解し、各領域の担い手が相互に連携し、補完し合いながら、必要なサービスを必要なタイミングで包括的に提供することを目指すのです。新しい社会保障行政のデリバリーモデルを再構築するには、このように発想の出発点を、提供する側(行政)中心から、受け取る側(市民)中心に切り替えることが必要です。その理由は、大きく3つあります。
1. 市民1人ひとりにとって必要なサービスを考えることができる
2. 受け手の生活の安定や向上といった本当の価値が生まれる姿からさかのぼって、必要なサービスとその提供方法、組織や体制を考えることができる
3. その結果、価値創出に最短距離でアプローチできる仕組みを生み出すことができる
必要なときに必要なものが手元に届く「ジャストインタイム」の取組みは、社会保障においても重要性が増し、対応のスピード感への期待値も高まっています。この点から、人間中心の発想がより有効となるでしょう。
顔の見える生活者としての1人ひとりの市民の人生に寄り添い、必要なヒューマンサービスを届けることで見通せなかった将来を照らし出し、次の一歩を踏み出す選択を支える効果を持つからです。社会保障が、いざというときのセーフティネットに留まらず、いつでもエンパワーメントをもたらす存在であると、改めて認識したいと思います。
社会保障DXを実現する3つのポイント
とはいえ、新たな社会保障としてのヒューマンサービスを実行するには、組織的にも人員的にも限界に直面しています。行政がどう変われば、現状の行き詰まりを解消し、かつ、市民に寄り添った社会保障を提供できるのでしょうか。ポイントは次の3点です。
1. デリバリーモデルをエコシステム型に再編成すること
2. 同時に行政機関の役割を再定義すること。具体的には、行政機関が自らエコシステムを形作り、この場の活性を最大化することをミッションとするプラットフォーマーとして自らを位置付けること
3. エコシステムの中心となる市民においても、社会保障に対する意識や関わり方を変えていくこと
英語の「エコシステム(ecosystem)」はもともと、「生態系」と訳される生物学の用語です。ある閉じた環境のなかで、大気や水や土壌といった自然的要素と影響し合いながら、多様な生物が食物連鎖や競争、共生などの相互関係を通じて、生命活動や物質循環がバランスよく調和している状態を意味します。
これをビジネスの分野に置き換えたのが、カタカナの「エコシステム」で、「ビジネス生態系」とも言われます。いわゆる「Appleエコシステム」もその1つ。AppleのiPhoneは単なるモバイル端末ではありません。
スマートフォンという製品を土台に、ハードのメーカー、ソフトのベンダー、通信事業者、ゲームやアプリの開発者、販売者など、多様なプレーヤーが集まり、協働しつつ連携しながら新たな市場を作り、利益をシェアする共創型コミュニティです。
さらには、消費者や社会を巻き込み、業界の枠組み、産業の垣根を越えたイノベーションを起こしています。この強力で広範なエコシステムの中枢にいるのがAppleです。社会保障の世界にも、こうしたエコシステム型のパートナーシップを形成し、高度化や変革につなげていく必要があるのではないでしょうか。
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新刊『社会保障DX戦略』では、国内外の先進事例を交えながら「社会保障制度×テクノロジー(DX化)」の取り組みについて具体的に解説しています。「行政サービスを変えたい」という方に、ぜひ読んでいただきたいと思います。