新型コロナによって露呈した、セーフティネットとしての社会保障制度の限界と行政・自治体におけるデジタル化(DX)の遅れ。なかでも、雇用、医療、介護、年金といった公共サービスにおける課題が顕著になった。2000年の「IT基本法」成立以降、国を挙げてデジタル化に取り組みながらも、思うような成果が得られないのはなぜなのか。新刊『社会保障DX戦略』を上梓したアクセンチュアの立石英司氏が、3つのキーワードからその障壁について解説する。
※本稿は『社会保障DX戦略』(立石英司 + アクセンチュア 社会保障領域チーム・著)を再編集しています。
新型コロナで露呈したデジタル化の遅れ
奇しくも新型コロナ対応の最中に、デジタル化の現状課題が一層顕著に表れた公共サービスの領域では、ハンコ撲滅の取組みが急速に進みました。
しかし、ハンコだけが問題であったわけではありません。市民を助ける社会保障制度は拡充してきていますが、新たな制度ができた分だけ申請用紙も添付書類も増えていく。マイナンバー制度による簡素化が検討されているものの、各自治体ではペーパーレスどころか、以前より扱う紙が増えている部署さえあるのではないでしょうか。
増え続ける紙情報を処理するために、今もなお事務作業は煩雑さを極め、職員は長時間勤務にさらされ続けています。日々膨大な業務に追われ、さらに新型コロナ対応のための新規の業務(助成金対応など)へも応えつつ、消耗し、疲弊しているのが現実です。
過去20年近くにわたり、行政のIT化、デジタル化が叫ばれながら一進一退を続け、思うような成果が得られずに来た原因は何なのか。様々な視点がありますが、ここでは、昨今話題の3つのキーワード=「ペーパーレス」「クラウド」「AI」から解き明かしてみたいと思います。
視点1 未だに紙ベースが主流の申請手続き
2001年に発表された「e-Japan戦略」には、電子政府の目標の第一に「文書の電子化、ペーパーレス化」が掲げられました。それから16年後の「デジタル・ガバメント実行計画」でも、重要目標「行政サービスの100%デジタル化」を進めるための基本3原則の筆頭に「デジタル・ファースト」と記載されています。これは、行政手続きやサービスを一貫してデジタルで完結させることを指します。しかし、未だに行政の現場は紙であふれています。
特に問題なのは、紙とデジタルが無秩序に混在している状況です。業務オペレーションは、これまでのシステム化とその刷新を経ることで、かなりの部分までデジタル化されているにもかかわらず、様々な証明書や届出の窓口では紙ベースの申請書を受け付けています。
初めに申請者自身が手書きで記入した書面を基に、現場スタッフがパソコンにパンチ入力し、間違いがないかを複数の人でチェックするために、わざわざプリントアウトし、問題がなければデータベースに登録するという作業を行っているのです。
パンチ入力のアウトソーシングを業務効率化と称していますが、実際には「紙⇔デジタル」の往来に二重三重の手間をかけているため、効率的になったと言えないケースも少なくありません。
新型コロナの対応でも、同様のケースが見られました。各種給付金の申請において、マイナンバーとマイナポータルを活用して市民がオンラインで申請できる入口は用意されていました。ところが、その申請を受け付ける自治体側の準備は必ずしも十分ではなかったのです。
マイナンバーを使って申請された情報を確かめるために、一度、紙で印刷し、別の端末から住民基本台帳情報を目視で確認してチェックする、というアナログなやり方をせざるを得ませんでした。
その結果、「オンラインより紙申請のほうが早い」「自治体側も紙での申請を推奨する」などと本末転倒な事態に陥ってしまったのです。
自治体の業務のやり方に対する指摘も多く挙げられましたが、マイナンバーのネットワークと住民基本台帳のネットワークが独立して構築されるという政府全体方針のために、やむを得ず現場が対応しなければならなかった結果とも言えるでしょう。
本来、デジタル化とは申請書自体がいらなくなる世界。手書きの転記もいらなくなり、結果的にチェックもしなくて済みます。中途半端なデジタル化が現場の業務を増幅させてしまっているのです。これは、文書管理規則から変えていく必要があるでしょう。