企業のマーケティング活動の一分野であるマーケティング・リサーチは、インターネットの登場以来広くオンラインでも行なわれるようになり、その手法は年々進化を遂げています。
従来のオフラインでの調査と同様に、オンライン・リサーチには定量データを収集する定量調査(量的調査)と定性データを収集する定性調査(質的調査)があります。日本では、このうち定性調査のオンライン化が欧米に比べ遅れていましたが、コロナ禍において対面での調査が不可能になったことにより急速に変化が起きています。オンライン定性調査をめぐる最新動向と今後について、リサーチ・コンサルタントの岸川茂氏に聞きました。
本稿は『この1冊ですべてわかる オンライン定量・定性調査の基本』(岸川茂・編著、JMRX
NewMR 研究会・著)の一部を抜粋・再編集したものです。

オンライン定性調査の変革

「オンライン定量調査」と「オンライン定性調査」は、インターネットの登場とともに1990年代に欧米で生まれました。前者は2000年代初めには、従来の訪問面接や電話などの主なデータ収集方法に取って代わった一方、後者は大きくは拡大しませんでした。2008年の世界の定性調査全体の85%が依然、1940年代から利用されている伝統的なグルイン(グループインタビュー)とデプス(詳細面接)によって実施されていました。その理由は、技術レベルの問題で、定性は定量ほど、コスト面やスピード面での大きな利点がなかった点にあります。

しかし、インターネットの利用が、一方向の検索から、掲示板やクチコミサイト、SNSなど、一般ユーザーが参加してコンテンツが作られるメディアであるCGM(Consumer Generated Media)を通して、自由な情報の発信ができる双方向の活用のWEB2.0へと変化した2005年ごろから、定性調査のオンライン化へのチャレンジが再び活発になりました。特に、高速大容量通信が可能になり、スマートフォンが普及した2010年代において、オンライン定性調査は、情報技術の発展によって、「消費者360°理解」に対応すべく進化を遂げ、多様な方法群に生まれ変わりました。

ガラパゴス化? 日本の「定性調査」

実は、日本の定性調査は、欧米に比べてオンライン化が遅れています。定性調査全体の中のオンライン定性調査の割合は、日本ではわずか3%です。全体の調査に占めるオンライン定量調査の割合が世界一であるのに対して、日本の定性調査は、圧倒的にオフライン対面(In-person)で行なわれてきました。

この20年間、定量調査のオンライン化の大きな波にもかかわらず、ほとんど変化しなかった日本の対面式定性調査が、2020年、オンライン化の方向に舵を切りました。海外からの外圧や海外動向の影響、クライアントニーズへの対応やサービス向上等が理由なのではなく、新型コロナウイルス感染症の脅威によりオンライン化せざるを得なかったのです。

理由はどうであれ、海外動向から取り残される「ガラパゴス化」を回避できたことはよかったと思います。「コロナ以前には絶対に戻らないだろう」というのが、この業界の定性調査についての世界的な見方です。日本もそうあってほしいと願います。

日本と欧米で異なったコロナ禍での対応

新型コロナウイルスの感染拡大は、世界中の調査に大きな影響を与えました。しかし、定性調査におけるコロナ禍への対応は、オンライン化が遅れていた日本と、すでに進んでいた欧米では異なりました。日本では、対面で実施できなくなったリアルのグルインや、詳細面接をいかにオンラインで実施できるかが大きな課題になりました。

一方、欧米では、2010年代に経験した「オンライン定性調査の変革」の経験を生かして多様な対応が取られました。さまざまなマーケティング課題を従来のグルインやデプスのオンライン化の方法だけで解決しようとするのではなく、テクノロジーの進化によって開発されたオンライン・インサイト・ツールを活用して、さまざまな方法でチャレンジが行なわれました。

たとえば、顧客体験を理解するために、スマホを使って、いつでも、どこで測定する「モバイル・エスノ(行動観察)」を実施したり、カスタマー・ジャーニーを描くために、消費者に毎日、買い物日記を作成してもらったりなど、オンライン定性調査手法の戦術的開発がさらに進みました。

もちろん、コロナの影響で、欧米でもオフラインで行なわれていたグルインやデプスも、オンラインで実施されました。しかし、オンライン・グルインやオンライン・デプスは、すでにリサーチャーの間に浸透していたので、オンライン化の方法については、大きな混乱は起こりませんでした。

オンライン・グルインにオンライン・ダイアリーを付加したりと、オンライン化によって不足する消費者理解を補うような工夫もなされました。

さらに、それらのオフラインの定性プロジェクトは、同期(リアルタイム)のオンライン・グルインやデプスではなく、目的によって非同期の「オンライン掲示板グルイン」に変更になったケースも数多くあります。もともと欧米でのオンライン定性調査では、この方法がよく使用されているからです。

オンライン定性調査はオンライン・インタビューだけではありません。オンライン定性調査は、インサイト・テクノロジーの進化により、2020年代はさらにその変革が進む10年になると予測されています。遅ればせながら、日本でも進んでいくことでしょう。次の10年の変化が楽しみです。


著者プロフィール

岸川茂(きしかわ しげる)

㈱MROC Japanおよび、Alida JP㈱代表取締役。リサーチ・コンサルタント。ヒルズ・コルゲート・ジャパン、フィリップ・モリス・ジャパン、シノベイト(現イプソス)、 JMRB(現カンター・ジャパン)でリサーチャー歴35年。企業やビジネスイベントでのマーケティング・リサーチの研修を担当する。海外のリサーチ・カンファレンスQual360APACでスピーカーを務める。外資系企業でのリサーチ経験を生かし、過去10年間、世界のMR会議への参加や世界の調査会社、リサーチャーとの協働を通して、テクノロジーの進化による最新のMR動向を研究中。マーケティング・リサーチブログ「JMRX みんなのMR」主宰。同志社大学大学院修了政治心理学修士、ニューヨーク州立大学大学院留学。「JMRX NewMR研究会」および「コミュニティ・リサーチ研究会(CRS)」主宰。主な著書に『図解入門最新マーケティング・リサーチがよーくわかる本』(秀和システム)と『 マーケティング・リサーチの基本 』(編著。日本実業出版社)がある。
https://mrocjapan.com

JMRX NewMR研究会

リサーチャーのネットワーキング・グループJMRX(Japan Marketing Research Exellence)の中の新しいマーケティング・リサーチ(NewMR)をテーマにした研究会。
https://jmrx-newmr.jp