(本稿は月刊『企業実務』2020年9月号の記事を転載したものです)
うつ病などのこころの病による休職からの職場復帰はなかなかむずかしいとされている。
しかし、職域の気分障害治療とリハビリテーションを専門に手掛ける心療内科医療機関のボーボット・メディカル・クリニックでは、これまで2000人近くの患者を診断し、復職後再発率がゼロだという。
その経験をもとに、『復職後再発率ゼロの心療内科の先生に「薬に頼らず、うつを治す方法」を聞いてみました』を小社から発刊した同クリニックの亀廣聡院長に、復職支援にあたって企業が押さえておくべきポイントを聞いた。
再発を防ぐために大切なのはリハビリ
「うつはこころの風邪だとよく言われますが、むしろこころの骨折のようなものです。再発させないためには、そうならないようにするためのリハビリが大事なのです」と亀廣院長は語る。
いかにして不調から脱していくかのメソッドについては前述の著書に詳しいが、職場復帰にあたって実施される同クリニックのリワークプログラムは、次のようなステップで回復を果たしていくことを柱としている(図表1)。
- 毎日リズムを整え生活習慣を改善する(コンディショニング)
- 自分の状態・行動を客観的に把握できるようになる(セルフモニタリング)
- 医学的根拠に基づいたストレス対処を身につける(セルフコントロール)
- 習慣や対処を継続するための工夫を模索する(『自分のトリセツ』の作成)
- 健康維持のために軌道修正を繰り返し再発を予防していく
このなかで緊張を和らげるためのストレッチングや呼吸法、自律訓練法などを実践形式で練習するフィジカル・メンテナンス、疾病についての理解を深め、正しい睡眠や栄養、運動、ストレスマネジメント等について学ぶメディカル・レクチュアへの参加を求めている。また、得た情報をグループで討議するグループワーク、復職前・復職後ミーティングがプログラムの内容に含まれる。
何がその不調につながっているのか、病気の原因をセルフモニタリングし、対処法を学ぶこと。自分を追い詰め苦しめている考え方のクセに気づき、捉え方(認知)の幅を広げること。生活習慣を改善し、生活リズムを整え、適切な食事や運動など健康習慣を維持すること。このようなセルフコントロールができるようになれば、不調を再発させない生活・就労が維持できるようになっていくという。
適切な治療でないからうつが再発する
狭義のうつは抗うつ薬と安静療養によって治る病気ではあるが、世間で認識されている広義の「うつ病」にあたる疾患には様々なものがあり(図表2)、このなかで抗うつ薬による治療が有効なのは大うつ病(単極性うつ)だけだと亀廣院長は指摘する。症状からよく似た疾患までうつ病と診断し、薬だけに頼るような治療を施してしまうから改善したようにみえても再発してしまう、と亀廣院長は現在の医療の問題点を指摘する。
「これまで当クリニックで抗うつ薬を処方したのは1990人中2人だけです。ほとんどはうつ病と似た疾病の、双極2型障害や成人の発達障害を基盤に発症した抑うつ反応にあたるものです。そうした患者に対して抗うつ薬は特効薬ではありません。非薬物療法も重要なアプローチとなります」
同クリニックは薬に頼らない治療を打ち出している。ただし、まったく薬を使わないわけではない。
「頼れる薬はきちんと使いますが、職場復帰を考えるなら、向精神薬の添付文書には危険作業従事制限があることに留意が必要です。それをふまえれば、薬を飲んでいると自動車どころか自転車にすら乗れません。飲酒運転と同様に法的に禁止されるからです。車に乗れないと仕事にならないことも多いでしょう。ですから、薬を飲みながら復職するというのはそもそも無茶なんです」
そこで同クリニックが使用するのが漢方薬だ。漢方薬を用いるのは副作用がほぼないことだけでなく、そうした危険作業従事制限がないので、服用しながら職場復帰しても問題がないということがある。これまで抗うつ薬を服用してきた患者に対しては、時間をかけて減らしていき、最終的には漢方処方だけにしていく。
回復までの状況を整理・共有する
メンタル不調から脱することができるかどうかは本人次第であって、周囲にできるのはそのサポートまでである。
企業としてどのように職場復帰をサポートしていくかの基本は、直接あるいは産業医を通じて主治医とコミュニケーションをとり、状況にあわせてその指示に従っていくことだといえる。
ここで大事なのが本人と会社、医療機関の三者間の信頼関係だ。会社から主治医に情報提供を求めても医師の守秘義務を理由に、非協力的な反応が返ってくることもあるようだ。
職場が従業員の主治医の対応に不信感をもったとしても、それを従業員本人に理解させるのはなかなかむずかしいだろう。
- 漫然と向精神薬投与が繰り返される
- 長期間休職が続く
- 再発休職を繰り返す
そんな場合には、念のため、といってセカンドオピニオンを勧めてみてもよいだろう。
同クリニックでは休職診断書の発行にあたって、復職リハビリテーションプログラムについての資料提供と、連携のための双方の担当窓口の明確化を行なっている。
そして、次の3点を本人に指導している。
- 休職中は週6日のプログラムに休まず参加し、治療に専念すること
- スムーズな復職に向け、職場担当者と、2週間に1度メール等での近況報告と、可能な限り、1か月に1度面接を行なうこと
- プログラムを通じてマニュアル(「自分のトリセツ」)を作成し、再発・再休職防止に努めること
これにより、どのようなことを念頭に置いて症状と向き合っていくべきかをトリセツ=取扱説明書として整理させることによって、本人の理解が深まると同時に、周囲もどう支援すればよいかが理解しやすくなる。
また、復職までの進捗状況を「復職パス」というシートにまとめて可視化している。
そうしたツールの活用によって、図表3の復職までのステップを実践するための適切な情報共有が図られる。
病気そのものを理解する
「その人を理解し、共感することが大切なのは言うまでもないのですが、その疾病が一般的にどんなものであり、どのような特徴があるのかを論理的に理解することも重要です。気分障害のなかでもとりわけ多いのは双極2型障害とASD(自閉症スペクトラムやアスペルガー症候群)のような発達障害の二次障害としての抑うつ反応です。同じようにみえる症例でも、気をつけなければならないポイントは異なりますから、職場に求められる配慮も変わります」
社内の理解を促すという意味で、本人への対応とは別に、休職者のいる職場や上司などのキーパーソンを対象に、一般論としての疾病に関する職場向けのセミナーを提供している。
双極2型障害は軽い躁状態とうつ状態を繰り返すことが特徴で、長い軽躁期のあとでうつ転し、それまでできたことができなくなったり、楽しめたことが色あせて見えてくる。軽躁・うつ状態を交互に繰り返すため、職場担当者が気をつけなければならないのは、仕事をしすぎないように監督することだ。
「仕事熱心でいつも元気にみえていた人がうつ症状を発症したときに『なぜこの人が?』と思ったりするのは双極2型障害でよくあるケースです。本人がやりすぎに気づきにくいので、サービス残業や必要以上の休日出勤はないかをチェックし、働き方に問題があれば改善するように声かけをしていくことが求められます」
一方、成人の発達障害の場合は、意識すべきはコミュニケーションのあり方だという。
「発達障害の人は場の雰囲気を察する、空気を読むといったことが苦手です。漠然とした内容の指示は伝わりにくいので、何をいつどこまでやればよいのか、途中で新たな指示を出すときは前に頼んでいたこととの優先順位まで伝えてほしい。本人が理解できているかどうかを確認することも重要です」
治療にあたっては、こうした病気の特徴を本人に理解させてその不調との付き合い方を学ばせることになる。それを職場の上司、同僚がふまえることが、働きやすさや再発の防止につながる。
また、「うつ病にはがんばれといった励ましは厳禁である」とよく言われる。大うつ病についてはそのアドバイスはあてはまるが、「これを言ったらまずいのではないか」と委縮せずコミュニケーションをとっていくとよいと亀廣院長は指摘する。
「職場復帰の際にはまずは『おかえり』と温かく迎え入れ、何が苦手なのか、逆に得意なのは何かについて一緒に探していくようにしましょう。いわゆる飲みニケーションも時にはよいと思います。ただ、成人の発達障害の場合はコミュニケーションの苦手さがその特徴の1つなので、無理に食事に誘ったりしない配慮も必要です」
得意なことと苦手なことをふまえた業務や責任の割り振りを意識していくことも、職場担当者や上司に求められる能力だ。
(構成=冨重雅也)