発売前からTwitterで話題の新刊『デジタルマーケティングの定石 なぜマーケターは「成果の出ない施策」を繰り返すのか?』(9月10日発売予定)の著者・垣内勇威氏(株式会社WACUL取締役)に、これまでのキャリアや執筆意図についてインタビューしました。
Twitterで話題のインフルエンサーになるまで
──垣内さんは、ツイートすれば数百単位で「リツイート」「いいね」がつくデジタルマーケティング領域のインフルエンサーでもあります。そもそも、垣内さんが、デジタルの世界に入ったのはどういうきっかけですか?
2005年、私が大学3年生のときに先輩に誘われて株式会社ビービットというUXコンサルティングの企業でアルバイトを始めたことが、デジタルの世界に入ったきっかけです。そのままほとんど就職活動をせず、ビービットに新卒で入社しました。
ビービットでアルバイトする前は、デジタルにもベンチャーにも一切興味がなく、将来は大企業に入るのかなとぼんやり考えていたのですが、意図せず今のキャリアを歩んでいます。
──ビービットではどういう経験とスキルを身につけましたか?
「ユーザ行動観察調査」という定性調査で、約500人のユーザを観察した経験が一生の財産になりました。「ユーザ行動観察調査」とは、実際にWebサイトを利用するユーザをオフィスに呼んで、目の前でいつも通りWebサイトを利用してもらう調査です。この経験から、デジタルは万能ではなく、正しく用いなければ誰にも見てもらえないのだと深く心に刻みました。
──WACUL(ワカル)に参画された経緯は?
新卒から続けてきたコンサルティングに疑問を持ったことがきっかけです。コンサルティングを続けていると、気づけばいつも同じような提案をしていました。同じ知見を何度も繰り返し提供して稼ぐビジネスに飽きていたのです。そんな時、デジタルマーケティングのコンサルティングを自動化したいというWACULのビジョンに共感しました。
デジタルマーケティングという分野は、施策の再現性が高いため、わざわざ人間がコンサルティングに入って提案しなくても、ソフトウェアで自動化できることがたくさんあります。ソフトウェア化することで、高品質な改善提案を、広くあまねく企業に提供することが私の目指す理想です。
──それを実現するのが「AIアナリスト」なのですね。
そうです。本書の内容の根拠にもなっているのでご説明すると、2015年にデータ分析の知見を広く提供するために「AIアナリスト」というプロダクトを作りました。このプロダクトは、お客様がWebサイトの閲覧履歴データを登録すれば、それを自動で分析し、デジタルマーケティングの打ち手を教えてくれるソフトウェアです。
私が培ったコンサルティングの知見をソフトウェアで提供する代わりに、Webサイトの閲覧履歴データをいただきます。そして、お客様のデータの分析を通じて私たちの知見を磨き、さらにその知見を「AIアナリスト」に反映し、お客様に還元するビジネスモデルです。
2020年現在で3万3000以上のWebサイト閲覧履歴データを保有しており、この3万3000サイトの中には、広告宣伝費が多い上位100社のうちの50社を含むなど、主要な業界をすべて網羅しています。私たちは日本の主要なWebサイトの閲覧履歴データをほとんど把握できるので、この資産をもとにデジタルマーケティングの定石を開発しているのです。
つまり「3万3000サイトの定量分析」と「ユーザー行動観察調査の定性分析」をベースに開発した定石を、どんな会社でも再現できるようにまとめたのが本書です。
ツールや手法は激変しても「定石」は変わらない
──デジタルマーケティングは変化の激しい領域です。2005年と2020年の現在では、何が変わりましたか?
何も変わりません。流行りの言葉や、新しい技術が生まれても、本当にやるべきことは何一つ変わりません。しかし、世のマーケターの多くはすぐ新しいツールや手法に飛びつき、その大半が失敗します。デジタルマーケティングとは、顧客を理解しその顧客にとって価値あるコンテンツ(情報)を作り、そのコンテンツを媒体特性ごとに出し分けることです。泥臭い仕事ですが、この地道な努力を避けて成果など出るわけがありません。
──コロナ禍はデジタル活用にどう影響していますか?
元からデジタルマーケティングに取り組んでいた企業にとっては、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の影響はほとんどないでしょう。むしろこの状況下で問い合わせや売上が伸びている企業も少なくありません。とくに非対面でサービス販売・提供ができ、デジタルが主戦場であるBtoB SaaS、EC、デジタルメディアなどは大きく伸長しています。
一方、これまで一切デジタルマーケティングに取り組んでいなかった企業にとっては、またとない変革のチャンスです。対面販売や営業ができなくなって危機感を持った企業が、ようやく本気でデジタルマーケティングに取り組み始めています。
──これまでのキャリアでの「ユーザ行動観察」と「3万サイト超の分析」の知見が凝縮されたのが、今回のご著書なのですね。デジタル領域のインフルエンサーである垣内さんが、なぜ紙媒体である書籍を執筆しようと思ったのでしょうか。
デジタルは万能ではないからです。確かに、能動的にネット検索してくれるユーザや私をTwitterでフォローしてくれているようなユーザには、書籍など出さなくても情報を届けられるでしょう。
しかし、私とデジタル上で接点のないビジネスパーソンに私の思想や知見を広くあまねく届けるには、書籍はきわめて有効かつ魅力的な手段です。
──知見を公開することにためらいはなかったのですか?
まったくありませんでした。まず先ほどお話ししたように、私がWACULに参画したのは知見を広くあまねく届けるためです。知見は次々に公開していったほうが世界は良くなりますし、そのフィードバックをいただけば、知見開発の速度もさらに上がります。
そもそも、多くの企業・マーケター・コンサルタントが「成果の出ない施策」を繰り返してしまうのは、デジタルマーケティングの「定石」を知らないからです。そのせいで「成果の出ないことがわかっている施策」を再びゼロから作り直してしまう「車輪の再発明」が、いたるところで起こっています。これは「経営資源の無駄づかい」以外の何物でもありません。
この「車輪の再発明」に終止符を打つのが本書です。そういう意味でも、知見の公開をためらう理由はありませんでしたね。
「全体像の俯瞰」が先、「個別施策」が後
──執筆・構成にあたっては、意識していたことは?
執筆は元々頭の中にあった内容を文章化するだけでしたが、初めての書籍執筆でしたので構成には少し悩みました。マーケティングに関わるすべての方がデジタルに向き合わなければならないとき、必読の教科書にしたいと思って構成・執筆しました。
デジタルマーケティングの分野で個別施策を解説した本はいくらでもありますが、全体像を俯瞰できる本は私の知る限りありませんでした。本書ではデジタルマーケティング全体を俯瞰したうえで、本当に注力すべき仕事が何かをつねに意識して欲しいという願いを込めています。
──マーケターやコンサルタントでなくても読める内容になっていますね。
そう言ってもらえると率直に嬉しいですね。デジタルに疎い経営者や事業責任者・マネジャーにも読んでもらいたいと考えながら執筆しました。デジタル領域の意思決定に関わる人は、本書の内容さえ押さえておけば十分です。
──発売前からネット書店のランキングやTwitterを中心に、期待の高さがうかがえます。
多くの方にご期待いただき本当に感謝しています。Twitterではどうしても140文字の制約から個別具体施策のことしかつぶやけません。Twitterでよく反響をいただくのはLP(ランディングページ)の改善方法などですが、それだけを改善したところで大した成果はあがらないため、私自身はそれほど興味がありません。
本書では本当に成果の出る領域が何かをお伝えするために、私の持ちうる知見すべてを体系立てて執筆しました。普段Twitterなどで発信する情報も、本書をお読みいただいたあとであればより誤解なく伝わるのではないかと思っています。
本書をきっかけにデジタル領域で成果を出す企業が一社でも増えればうれしいですね。
──ありがとうございました。
(了)
※垣内勇威さんの初の著書『デジタルマーケティングの定石 なぜマーケターは「成果の出ない施策」を繰り返すのか?』は、全国書店・ネット書店で予約受付中です。
プロフィール
垣内勇威(かきうち・ゆうい)
株式会社WACUL(ワカル)取締役CIO、WACULテクノロジー&マーケティングラボ所長。東京大学経済学部卒業後、株式会社ビービット入社。大手クライアントのWeb改善コンサルティングに携わる。
2013年、株式会社WACUL入社。データ分析から改善提案や成果の測定といった「Webマーケティングの売上拡大のPDCA」をAIが支援するSaaSツール『AIアナリスト』を生み出す。現在は取締役CIO(Chief Incubation Officer)兼WACULテクノロジー&マーケティングラボ所長として、さらなるノウハウの構築と新規プロダクトの創出を担当。
3万サイト超の分析とユーザ行動観察から得たデジタルマーケティングの知見を、研究レポートやTwitter、講演・セミナーなどで発信し、その痛快かつ明快な語り口で人気を博す。
株式会社WACUL https://wacul.co.jp/
Twitter https://twitter.com/yuikakiuchi