これは夢なのか現実なのか、もうそんなことはどうでもいい。もしかしたらここに僕の人生を好転させるヒントがあるのではないか。そんな思いで、教えを乞いたくなった。

「そうやなー。さっきおまえ、名前が変ってバカにしてたからな」
「それはすみませんでした。決して悪意があったわけではありません」

僕は素直に頭を下げた。

「それにな、ワシの授業料は高いで」
「え、お金がかかるんですか?」
「そらそうや。なにかを教わるのに無料なんてあるかい」

いったいいくらかかるのだろうか? 何万円? 何十万円?

「パチョーリさんは『近代会計の父』と呼ばれるくらいの方だから、高いんですよね。正直、いまそんなにお金に余裕はないんです」
「ん、近代会計の父? いまおまえ、近代会計の父って言ったんか?」

そう言うと、パチョーリの目つきが変わった。口元が緩み、なんかめちゃくちゃうれしそうだ。

「はい、会計の教科書にそう書かれていたので」
「近代会計の父か。うん、ええ響きや」

パチョーリの顔が明らかにニヤけている。

「まあせっかくの縁やし、教えたるわ」
「本当ですか? ありがとうございます!」

なんて単純でわかりやすいんだ。僕は素直に喜んだ。というか、これは夢だよな? 喜んでいいのか⁇

「さてと、会計リテラシーをわかってないのは、おまえだけやない。そもそも、会計と簿記はよく混同されるからな。ビジネスマンは会計の知識が必要だとか聞くと、みんな慌てて簿記の勉強をしおる。で、簿記がつまらんから会計がつまらんって思ってまうねん」

僕はうなずきながらパチョーリの話を聞いていた。

「で、簿記の勉強をちゃんとやって、B/S(貸借対照表)P/L(損益計算書)を読めるようになったとしても、経理や財務の仕事をしているのでもないかぎり、その知識を仕事や人生で活かす場面は少ない」
「そうなんですよ。だから小林さんが会計リテラシーって言ってもよくわからなくて」
「それも無理ない話やな。そもそも会計リテラシーって言葉に厳密な定義があるわけやないからな」
「え、そうなんですか」
「さっきグーグル先生に聞いてたよな。それでなにかわかったか?」

なぜルネサンス期の人がグーグルを知ってるのか、そんなことはもう気にならなくなっていた。

「いえ、いろんな記事がありましたが、いまいちピンときませんでした」
「せやろ。ちなみにおまえは、会計リテラシーって具体的にどういうことやと思う?」

それを知りたくて聞いているのに、と言いかけたが、不満が顔に出てしまったのだろうか。パチョーリの眉毛がつり上がった。

「こら、まず自分で考えることが大切やで。考えもせんと教わってばかりやったら身につかへんからな」
「すみません。えーと、会計リテラシーとは、数字で考える力のことですかね」
「うん、それも間違いやない。物事を数字とロジックで考える力は会計リテラシーの1つや」

物事を数字とロジックで考えるという研修は、主任に昇進したときのロジカルシンキング研修で習ったばかりだ。ロジカルシンキングのことを会計リテラシーというのだろうか。

「物事を数字とロジックで考えるなんて、ビジネスパーソンなら当然のことや。でもな、それを伝えるためにワシは来たんじゃない。それならわざわざ近代会計の父と呼ばれるワシが来た理由はないからな」

自分で自分を近代会計の父と言ってる。よほどそのフレーズが気に入っているのだろうか。

「ワシはもっと根本的なことを伝えたくて来たんや。心して聞けや」

僕は姿勢を正した。


ビジネスパーソンはもちろん、主婦や学生にも必要な「会計リテラシー」。次回は、お金にかかっている「コスト」について解説します。公開は2月27日予定です。