ここでは、同書の「はじめに」を抜粋して掲載します。
はじめに──なぜ今、「コミュニティーマーケティング」なのか
クラウドがもたらした劇的な変化
AWS(Amazon Web Services=アマゾン・ウェブ・サービス)に私が入社したのは、2009年12月のこと。日本法人の第一号社員というだけでなく、AWS全体でも米国外で初のマーケティング担当者でした。Amazonというと、世界最大のeコマースをまず思い浮かべる人が多いと思いますが、AWSは、そのAmazonがつくったクラウドサービスの会社です。当時、Amazonがこの事業を始めていたことを知っていた日本人は、まだまだ少ない状況でした。
なぜ、そんなアーリーステージのAWSに入ったのかというと、私には一つの確信があったからです。次は、クラウドの時代がやってくる、と。
そのきっかけは、ニコラス・G・カーの著書『クラウド化する世界』(原題:『THE BIG SWITCH』)を読んだことでした。その頃、クラウドはすでに話題のキーワードになっていましたし、注目すべきテクノロジーの一つだという程度の認識は、私も持っていました。しかし、その本に書かれていたことを読んで、強い衝撃を受けることになります。その本は、象徴的な歴史の事実の引用から、クラウドが「技術の転換点」ではなく、「ビジネスの転換点」であることを示唆していたからです。
これは、ビジネスのルールが変わることを意味している。そのことに気づいてからは、クラウドという新しいルールの下で、キャリアを積まなければ! と強く思うようになりました。そして縁あって入社したのが、日本でサービスを本格的に立ち上げようとしていたAWSだったのです。
私は日本でのマーケティング責任者というポジションに就きましたが、当時は、クラウドの価値がまだそれほど理解されていない時代。当初は予算どころか、社員もほとんどいません。しかも、Amazonに対するイメージは「世界最大のeコマース」であり、そのブランド力は、IT事業であるAWSではまったく効きません。そもそも顧客が違う。
むしろ、「どうしてAmazonが?」と問われる始末でした。
しかし、ここから日本のAWSは、アメリカ本社も驚くほど大きくグロース(成長)します。クラウドというと、Googleやマイクロソフトを思い浮かべる人も多いかもしれませんが、AWSは(事業ドメインであるIaaS/PaaSの領域で)その2社よりもはるかに早く、日本のマーケットを切り拓くことに成功するのです。
いったいなぜ、そんなことができたのか。そのことを解くカギが、本書のテーマである「コミュニティマーケティング」にあります。
「自画自賛」では響かない時代
コミュニティマーケティングとは、端的にいえば、AWSを知っていて、AWSを気に入っていて、AWSを他の人にも広めたいと思っている、AWSの「ファン」と言える人たちをコミュニティ化することによって、新たな顧客を獲得していく、という戦略です。
ベンダーであるAWSが自ら「AWSはいいですよ」というメッセージを発信するのではなく、コミュニティに集まってくるユーザーの方々にAWSのよさ、価値を語ってもらい、それを外部に発信してもらうのです。
最近話題のインフルエンサーマーケティングなどと異なり、そこには金銭的な対価や報酬のやりとりはありません。それゆえ、発信内容はリアルで、よりターゲットに響くようになります。これが大きな効果を生み、コミュニティの拡大とともにAWSのユーザーも急激に拡大していきました。
みなさんも、こんな経験があるのではないでしょうか。
CMや営業マンのセールストークにはまるで関心がわかないけれど、その領域に詳しい友人の「あれ、使ってみたほうがいいよ」という一言で、強く興味を持つようになる……。
製品を売る人が、自らをレコメンドするのは、もはや全然響かないのです。そのことに、多くの人が気づき始めています。
一方で、その分野に詳しい人や実際に商品を買った人、使った人によるレコメンドは大いに効果を発揮します。Amazonのeコマースサイトでも、レコメンドが強い影響力を持っています。
わかりやすく言えば、それをコミュニティによって大規模に実現していったのがAWSでした。コミュニティに参加する人は、すでにAWSに関心を持ってくれている人です。
また、同じような関心を持ちそうな人がまわりにいる人でもあります。
興味のない人にまでやみくもに情報を発信するのではなく、関心のある人、関心を持ちそうな人に、しっかり情報発信することができた。それが極めて効果的かつ効率的なマーケティングに結びついたのです。
自走するコミュニティの強さ
2016年8月、私はAWSを退職しましたが、その後も、AWSのユーザーコミュニティである「JAWS-UG(AWS Users Group–Japan)」は成長を続け、2017年には日本全国に約50支部、コミュニティによる勉強会の開催は年250回以上、延べ9300人ほどが参加するまでになっていました。
2018年に開催された国内最大のAWSイベント「AWS Summit Tokyo」では、なんと2万5000人ものエントリーがあったようです。これは、世界中の都市で開催されるAWS Summitの中でも、もっとも大きな規模になります。
そして、全国で数千人ものコミュニティのメンバーが、「#jawsug」のハッシュタグをつけ、AWSの情報を積極的に発信し続けたことが、この世界一のイベント実現の大きな原動力であることは間違いありません。
コミュニティが「自走」し、AWSのよさを広めてくれる。コミュニティ参加者が増えると、AWSの利用企業が増える。AWSに興味を持つ人が増え、営業が訪問したとき、すでにお客様の中でAWSに対して前向きな評価ができている……。
しかも、コミュニティ活動には、金銭的な報酬が発生するわけではありません。コミュニティのメンバーのインセンティブも、金銭にあるわけではない。むしろ「自分ゴト」として、楽しんで情報発信してくれる。
そして、このコミュニティマーケティングの流れは、AWSだけでなく、国内の多くの企業でもフォローされ始めています。
コミュニティマーケティングの可能性
本書を通じて、みなさんにお伝えしたいのは、コミュニティマーケティングは、ビジネスのみならず、仕事のキャリアや人生もグロースしてくれる、ということです。
たとえば、参加しているコミュニティには自分と同じ関心軸を持つ人が多くいるわけですから、まわりから自分の能力や得意分野を見つけられやすくなります。その結果、新しい仕事やキャリアに出会う確率も高くなる。実際、コミュニティを通じて、転職に成功したり、講演依頼が来たりする人が増えています。
自分の能力や多面性が表現しやすくなり、コミュニティがキャリア形成、副業・複業を促す土台になっていくのです。
言葉を変えれば、コミュニティがセルフブランディング、セルフプロデュースしやすい環境をつくっているということです。自分を知ってほしい人たちに、正しく自分の姿を知ってもらうことができるわけです。
昨今、副業を認める会社が増えてきており、それをポジティブに受け止めている声も少なくありませんが、私はむしろ、そこには危うさを感じています。まるで「終身雇用の保証はしないので、自分たちで食い扶持は見つけてきなさい」というメッセージに聞こえるのです。
さらに多くの会社員が、定年後の仕事について不安を持っています。
かつての部下のもとで、大きく下がった給料を手に、もしかすると不本意な仕事を余儀なくされるかもしれない。それよりも、自分の得意な分野、関心のある分野で、人生100年時代を生き抜く積極的なキャリア形成ができるのではないか。やりがいが持てる仕事を複数持ちながら、将来のリスクヘッジができるのではないか……。
コミュニティマーケティングは、そうした人たちにとっても重要なキーワードです。何より私自身がそれを実践し、そのメリットを実感しています。
現在、5つほどの会社の名刺を持って活動していますが、このほか、いくつものマーケティングプロジェクトに携わっているため、極めて珍しい「パラレルキャリア」だとよく驚かれます。
しかし、これを実現できたのも、コミュニティのおかげなのです。コミュニティを通じて多くの人と出会い、ときには趣味の世界でもつながって、さらにプライベートでのネットワークも拡がっています。
みなさんもぜひ、コミュニティマーケティングが持っている幅広い可能性に目を向け、ご自身のビジネスや人生のグロースに役立ててみてはいかがでしょうか。
著者プロフィール
小島英揮(おじま ひでき)
1969年高知県生まれ。明治大学商学部卒業。パラレルマーケター。Still Day One 合同会社代表社員。
PFU、アドビシステムズを経て、2009年から2016年までAWS(Amazon Web Services)の日本法人に、マーケティング部門のヘッドとして従事。AWS在籍中に日本最大規模のクラウドコミュニティ「JAWS-UG」を発足させ、多くのエンジニアがコミュニティを通じて新たなビジネスや価値創出に関わるモデルを確立、日本のクラウド業界全体に大きな貢献を果たした。
2016年のAWS退職後、コミュニティマーケティングの実践者を増やすコミュニティ「CMC_Meetup」を立ち上げ。2017年より、国内外でAI、決済、コラボレーションなどの分野でサブスクリプション系のビジネスを展開する企業のマーケティングやエバンジェリスト業務をパラレルに推進中。現在は、Still Day One 合同会社の代表社員を務めるほか、ABEJA・マーケティングディレクター、ストライプジャパン・エバンジェリスト、ヌーラボ・社外取締役など10社程度のマーケティング業務やプロジェクトに関わっている。
◆小島英揮ブログ http://stilldayone.hatenablog.jp/