数年前の終活ブーム以降遺言書を書く人が増えていますが、専門家からすると「ネット記事を参考にしたのか一見それらしく整えられているが、後の手続き段階で法的に無効と判明し、遺族が思わず脱力する“がっかり遺言書”なのがほとんど」のようです。

そんな「がっかり遺言書」の例と改善点を簡単に見てみましょう(参考文献:『「きちんとした、もめない遺言書」の書き方・のこし方』山田和美著、以下引用はすべて同書から)

結局どうすればいいのかわからない「遺言書ポエム」

(P.26-27より)

最近、ラーメン屋の壁からマンションの広告までいたる所で使われている、想いをふんわりと伝えるポエム調の文章。この遺言書も感謝をふんわりと伝えることで、遺族の心の中に温かいものを残したかったのでしょう。

ただ、このような文面では法的に無効となる可能性が大。遺族側は温かい気持ちになるどころか、かえって手続きが面倒になってささくれ立った気持ちになるかもしれません。

このようなものを書かない(書かせない)ための留意点を見てみましょう。まず、遺言書は「全文自筆であること」「氏名と日付が明記されていること」「押印されていること」が最低限必要な要件です。

しかし、それが揃っていればどんな書き方でもいいというわけではありません。それを踏まえて上のサンプルにある傍線1~3のところについてみてみましょう。

1ではいきなり長年連絡の取れない(事実上行方不明の)相続人がいることが示唆されていますが、相続は「相続人全員で行わなければならない」と定められています。このような人がいる場合は細心の注意をはらって書かなければなりません。

遺言書が手続きに利用できなければ、原則としてまず長男を探し、見つかった場合は遺産分割の話し合いをし、見つからなかった場合は家庭裁判所で「不在者財産管理人の選任」といった手続き等を行なう必要があります。いずれにしても手続きは非常に煩雑になり、時間も要するでしょう。相続人のなかに行方不明の人がいる場合の遺言書は、特に慎重に作成する必要があります。

(P.29より)

(2)はいうまでもなく、「すべて任せる」という書き方自体が問題です。これは「手続きを任せる」という意味なのか「財産の配分を任せる」なのか、いろいろな解釈ができる曖昧な書き方は混乱のもとです。故人の遺志が明確にならない「任せる」という言葉は、遺言書では避けるべき言葉のひとつです。

(3)は「いくらか」という金額が具体的になっていない点も問題ですが、もう一点「税金面での問題」が発生します。

仮に花子さんの想いを汲み、長女が相続で受け取ったお金から、長女の子(=花子さんの孫)2人に500万円ずつお金を渡したとします。すると、これは、花子さんの相続とは別で、単に「長女が自分のお金を子どもたちに贈与した」と見られ、贈与税がかかる可能性が高いのです。孫にもお金を渡したいのであれば、遺言書で誰にいくら遺贈するのかを明記しておいてください

(P.29より)

なお、遺言書は「相続発生時に誰に何を渡すか」を定めるための法律文書なので、遺族への感謝を書きたい場合は末尾に付け足しとして書くのがいいでしょう。

仲が良すぎるのも困りものな遺言書

(P.38より)

「何をするのも一緒」と、夫婦仲睦まじいのはいいことですが、遺言書でもそれをやってしまうのは困りもの。遺言は世帯や夫婦単位ではなく個人単位でつくるものであり、民法975条でも「遺言は、二人以上の者が同一の証書ですることができない」と定められています。したがって、上のような連名の遺言書は中身がどれだけしっかり書いてあっても認められないものになります。

なお余談ですが、遺言書の保管も可能であれば別々が好ましいとされています。

ちなみに、別々の用紙に書いた「夫の遺言」と「妻の遺言」が、同じ封筒に入れられていただけでは、無効とはいえないとされています。しかし、あえてリスクがあることを承知で有効か無効かのギリギリのラインを攻める必要はないですから、遺言書は「1人1つ」という原則を守り、別々に作成・保管するようにしましょう。

(P.41より)

「気持ちはわかるけどそれはないだろ……」な遺言書

2018年5月に発生した「紀州のドン・ファン」と呼ばれる、資産50億円超の実業家・野崎幸助さん(77)が急性覚せい剤中毒で怪死した事件。状況に不可解な点があることからも、さまざまな噂が取沙汰されていますが、その一つに「本当は愛犬に遺産を継がせたがっていた」というものがあります(参照記事)。

このように「いろいろな感情が渦巻く実の家族より、ペットのほうがよっぽど可愛い。だから自分の死後どうなるのかが気になって死んでも死にきれない」という人は多く、思い余って遺言書に書く人もいますが、当然ながらペットは人ではないので、法律的にこの遺言書は無効です。

では「自分の死後、飼育できなくなったペットを殺処分するのは嫌なので、飼育費用を残して天寿を全うさせてあげたい」という人はどうすればいいのでしょうか。著者の山田和美さんに聞いてみました。

長年一緒に暮らしてきた大切なペットは、実の子同然。財産を残してあげたいという気持ちや、自分の亡きあとのことが心配、という気持ちは理解できます。しかし、残念ながら、法律上、ペットは財産を所有できず、遺言書で財産を渡すこともできません。よって、この遺言書は無効で、何ら法的拘束力を持たないことになります。

自分の亡きあと、大切なペットが心配なのであれば、信頼できる人にいくらかの財産を遺贈し、その条件としてペットの世話をすることを定める内容で遺言書を作成しておく方法があります。なお、この場合にも、ただ遺言に書くのみではなく、託す相手に事前に伝え、承諾を得ておきましょう。また、最近では、民事信託という方法もあります。

安易な遺言書は無効になる危険を残すばかりか、残された家族を困惑させ、亀裂を生じさせてしまう事にもなりかねません。遺言書で何ができて何ができないのか整理をした上で、実現可能な形で意思を残しておきましょう。

(山田和美さん談)

また、こうしたペットの世話を委託するための仕組みとして「ペット信託」というものも存在します。身近に委託できる人がいない場合、こうしたところに相談してみるのも一つの方法でしょう。


以上、遺族が思わず脱力するような「がっかり遺言書」の例をみてきました。本記事冒頭でも軽く触れたとおり、ネット記事で「遺言書の書き方」を少し調べれば、表面的な要件を兼ね備えた遺言書を書くことはできます。しかし、遺言として残すべき内容は各家庭・各個人で違うため「画一的なテンプレートに当てはめておしまい」というものではありません。

問題のない遺言書をつくるためには、書き方等の形式的な要件に加えて、

  • 実際に相続が起きた後、その遺言書がどのように使われるのか
  • 財産をのこされた人が何をしなければいけないのか
  • 遺言書をつくった後で状況が変わったらどうなるのか
  • のこされた家族が遺言書を見たときにどう感じるのか

などなど、多岐にわたる検討が必要です。これらは遺言者自身の状況により異なるため、インターネットで検索しても簡単に答えが見つかるものではありません。また、ひな形にも表れていないことがほとんどです。

(P.7-8より)

遺族が遺言書を開けてがっかりしたり、かえって手続きが煩雑になったと怒るようなものを残さないためにも、きちんと専門家に相談することが必要だといえます。