文中には多くの教訓が散りばめられていますが、そのほとんどが、すぐに実践できるシンプルなもの。この本を読んで以来、私も日常のふとした瞬間、ついネガティブな思考に陥りそうな瞬間に、物語に出てくるアドバイスを思い出すようになりました。
それまでならネガティブに受け止めていた出来事も、自然とポジティブに受け止められるようになっている――そんな変化を多くの読者が感じたことが、ベストセラーとなった理由かもしれません。
一筋縄ではいかない、個性豊かな登場人物
物語にはほかにも、多くの人物が登場します。中盤では、何年もネガティブなジョージに付き従ってきた部下たちが、反旗を翻し、鋭いセリフで刃を向けてきます。もともとあからさまに反抗的な態度をとっていた者もいれば、従順だと思っていたのに心の中ではジョージを否定していたことが明らかになる者もいます。
バスの乗客も個性豊かです。運転手のジョイのほか、更生施設に入っていた男性、仕事がうまくいかず一度は自殺を考えたという紳士、10か条のルールを世界中に広めようとパワフルに活躍する女性――。
そうした登場人物のイメージが伝わるよう、ひとりひとりの役になりきってセリフを翻訳していきました。
マイナスのオーラに包まれていたジョージは、最後には見違えるほどポジティブに生まれ変わります。ときに出口のないトンネルに迷い込み、後戻りしそうになりながらも、ジョイの導きのもと上り坂を駆けあがっていくジョージのエネルギーの変化が、訳文から自然と感じられるよう、翻訳者としてもエネルギーを注ぎました。
翻訳しながら、とくに面白いと思ったシーンは、先ほども触れた、部下に刃を向けられるシーンです。部下達たちを自分の運転するバスに誘い、チームで一丸となって目標に向かおうとするジョージ。しかし三人の部下が、乗車を拒否します。
ポジティブに生まれ変わろうとするジョージの前に、ネガティブで非協力的な態度で立ちはだかる三人。互いを敵視するジョージと部下のやりとりには、ネガティブなエネルギーが充満しています。ジョージに自分を重ね合わせる読者としては、四面楚歌の状況にいたたまれなくなります。
しかしそのシーンこそが、ジョージに真のリーダーへと生まれ変わるきっかけを与えてくれます。自分でバスを運転しようと前向きになり始めたジョージに、その動機は利己的だと核心を突く部下。自分ひとりの未来を考えて前に進もうとするのではなく、周囲の人にも心から愛情を持ち、真剣に相手の幸せを考えて行動することが大切だとジョージは気づきます。読者はここでも、ジョージに自分を重ね、日常を顧みるきっかけになるのではないでしょうか。
著者はアメリカNo.1のカリスマトレーナー
著者のジョン・ゴードンは、アメリカNo.1のカリスマトレーナーとして、テレビや新聞、雑誌など数々の媒体に登場しています。学校や企業、スポーツチームなどで講演会も開催し、学生からビジネスマン、プロのスポーツ選手にいたるまで、多くの人たちにエネルギッシュな生き方と働き方を指導し続けてきました。その経験が、文中に盛り込まれたアドバイスの裏付けとなっています。
主人公ジョージはビジネスマンですが、文章はとてもライトで物語の展開もテンポよく、主婦や子どもでも手に取りやすい作品だと思います。ビジネスの場だけでなく、家庭や学校、サークルなど、様々なシーンに応用できるアドバイスが散りばめられています。
巻末には、ルールを実践するための具体的なアクションプランも掲載されています。自分や所属するチームの現状に照らし合わせ、これから進んでいくステップを整理するのに便利です。
会社で部署やチームのトップに立つリーダー、部活動で後輩を率いる学生、地域のコミュニティで長を務める方、思春期のお子さんをどう導いていけばいいか悩む親御さんなど、様々な方におすすめしたい本です。
ネガティブ思考を克服し、真のリーダーシップを学ぶことができる『最高の毎日を手に入れる人生の10か条』。読み終えたとき、これまでとは違った景色が見えてくるのではないでしょうか。
訳者プロフィール
久保陽子(くぼ ようこ)
1980年生まれ。東京大学文学部英文科卒。出版社で児童書編集者として勤務ののち、独立し翻訳者になる。訳書に『カーネーション・デイ』(ほるぷ出版)がある。鹿児島県出身。