当たらない需要予測は意味がない?
しかしそれでも、需要予測が難しい商品があるのは事実です。「需要予測特化型AI」が実用化されても、すべての商品の需要を正確に予測することはおそらく難しいでしょう。訪日外国人によるインバウンド需要を予測するためには、為替レートを正しく予測しなければならないかもしれませんし、人気ブロガーがインスタグラムで取り上げた商品の売上がその翌日に急激に増加した、などの事例は予測不可能です。
時々耳にする「需要予測は当たらない」という言葉は、こういった事例を考えると一面で事実なのですが、だからといって需要予測が不要だということにはなりません。需要予測を行なうことによって、「予測精度(どれくらい当たるのか)」を算出することができ、それを踏まえた「予測難易度」の評価ができるからです。つまり、需要予測はモノサシになるのです。
たとえば、予測難易度が高い商品は、「予備的な在庫」を用意して安定供給に支障が出ないようにする、などの対策を採ることもできます。こういったことを定量的に行なうためにも、需要予測が活用できるのです。
需要予測はメーカーの競争力の源泉になる
拙著『この1冊ですべてわかる 需要予測の基本』では、メーカーの生命線とも言えるSCMにおける需要予測の、基本的な知識を紹介しています(第2章 過去データのない商品の需要予測・第3章 新商品の需要予測)。
需要予測というと、高度な統計学を使った複雑な数式でできた予測モデルや、そのパラメータ推定に焦点が当たりがちになりますが、そういった0.1%レベルの精度改善を目指すアカデミックな話ではなく、現実のビジネスにおけるスピーディーで十分活用可能な需要予測について、事例や認知科学を使った考察を混じえて解説しました。
また、需要予測の目的を単に“当てること”だけではなく、すでに述べた“モノサシ”としての活用法(第4章 需要予測に合わせた在庫戦略)や、マーケティングと生産の“ハブ”としての活用法(第5章 需要予測に基づくマーケティング戦略)、未来ではなく“起こらなかった過去”を予測する効果推計としての使い方(第6章 仮想的需要予測を用いた効果推計)としても捉え、具体的にまとめています。
自動運転やドローン、工場ロボットや機能特化型AIなどの革新的技術によって、これからSCMは劇的に進化する可能性が高いでしょう。これまではコスト削減の手段として捉えられがちであったSCMが、メーカーの競争力の源泉になっていくと、私は考えています。メーカーで働くビジネスパーソン、戦略コンサルタントだけでなく、経営学を学ぶ学生やビジネスを知っておくべき就活生にも役立つ1冊となれば幸いです。
山口雄大(やまぐち ゆうだい)
1983年生まれ。東京工業大学生命理工学部卒業。同大学大学院社会理工学研究科人間行動システム専攻修了。同大学大学院イノベーションマネジメント研究科ストラテジックSCMコース修了。
化粧品販売会社にて商品の入出庫、在庫管理、配送などのロジスティクス実務に従事した後、2010年から株式会社資生堂で需要予測を担当。日別POSデータを活用する需要予測システムや、PSI需給管理システム(需要予測領域)を構築。インバウンド需要予測に関する秘匿発明保持。