photo by 昊 周/Fotolia
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エクササイズによって新しい神経細胞がつくられる

すでに述べたように、成熟した脳は新しい神経細胞(ニューロン)をつくることができないと長い間信じられていました。しかし1960年代以降、成体のマウスやカナリアなどを用いた研究で新しいニューロンの形成が確認され、90年代には、人間の成人の脳でも同じことが起きると推論されるようになります。

ある研究チームは、マウスを使ったエクササイズの効果を検証した実験で、走行輪でたくさん走ったマウスの、脳のある部分の血流量が著しく増加したことを確認しました。またこの実験では、新生細胞を可視化するため放射性物質でタグづけするようにしたのですが、それによって新しいニューロンが形成されていることも見つけたのです。

「脳のある部分」とは、海馬の一部である「歯状回」でした。歯状回は、記憶に重要な役割を持っています。エクササイズによってここに新しいニューロンが生み出されるということは、記憶機能が強化される可能性を示しています。

そして、人間を対象に、エクササイズをした人としていない人の血流量を脳をスキャンして比較した調査でも、同様の結果が得られました。エクササイズをした人の歯状回の血流量は、していない人の2倍だったのです。

人体に対してはマウスのように直接細胞の形成を確認することはできませんが、研究者たちは、血流の増加レベルから見てエクササイズによる脳細胞の生成は人間の脳でも起こる可能性が高いと考えています。

こうした研究以外にも、ランニングや速歩きなどの有酸素運動が、中年期の脳の認知能力や集中力を維持、強化させるという研究結果が複数紹介されています。適度な運動はダイエットや筋力強化だけでなく、脳の活動にもいい影響を与えるのです。

「ブルーベリー」は脳に効く

「脳によい食物とは何なのか」は私たちの大きな関心事ですが、長期間にわたる臨床試験はまだ行なわれていないため、はっきりしたことは言えない、というのが実情のようです。ただ科学者たちは、ビタミンCやビタミンEのような抗酸化物質を含む食物は、脳に効く食物の重要な候補と考えています。

なぜなら、脳は「酸化ストレス」で老化していくと考えられているからです。細胞は酸素を使って栄養素を燃焼させ(酸化)、エネルギーを作りますが、そのときにできる活性酸素は細胞を傷つけもします。これが酸化ストレスです。脳は身体の中でも大量の酸素を使う部分なので、酸化ストレスも多く受けやすいのです。抗酸化物質はこれを中和します。

抗酸化能力の高い食物の代表として、本書ではブルーベリーがあげられています。年長のマウスによる実験で、ブルーベリー抽出物を食べさせたマウスの脳に、新しいニューロンが増加したことなどが紹介されています。

その他、「カロリー制限」や「グラス一杯の赤ワイン」なども、研究の事例とともに、脳によい食習慣であることが示唆されています。

社交的で陽気であることは脳にいい

中年期に社交的であるかないかによって、人の身体的・精神的な健康状態は変わるか、という点についての研究は驚くほど多いようで、本書にも多くの事例があげられています。

総合的に見て、不満が少なく、寂しさをあまり感じず、他人との交わりが多い人は、心臓疾患やアルツハイマー病を発現するリスクがより低く、精神的に機敏なままである確率がより高く、長生きする可能性も高いということがわかっている、と著者は述べています。事例をいくつか紹介します。

・イギリスで行なわれた最近のある研究では、近所の飲み屋にひょっこり立ち寄ることが多い中年の人は、家にいることが多い近所の住人よりも認知能力が高いことがわかった。

・アメリカのジョン・ホプキンス大学の研究によると、全米退職者協会が募った家庭教師のボランティアに参加した男女は、参加していない対照群の人に比べて記憶が衰える速度がより遅かった。

・マイアミ大学医学部の研究者は、ある地区の住民16000人に対して、住んでいる家の建築形態が脳に与える影響を調べた。この結果、道に面したバルコニーがあり、近所の人とのおしゃべりができるようになっている家やアパートに住んでいる人は、そのようになっていない家に住む人よりも認知機能が高いことが明らかになった。

実際に社交的で陽気なことがどのように脳に影響するのか、正確にはわかっていませんが、ヒントはいくつかあるようです。そのひとつはストレスです。友人や隣人と頻繁におしゃべりし、時には食事などをともにすることでストレスを緩和できるなら、脳にとっては効果があります。

ストレスはコルチゾールというホルモンを分泌させます。これが持続的に大量に分泌されると、記憶に重要な役割を持つ海馬の神経細胞を壊すのだそうです。また、うつ病と海馬の萎縮の関連性も指摘されている通り、持続的で過度なストレスは脳に大敵なのですね。


本書を一読すると、ド忘れをすることが多くなったからといって悲観することはないと思えます。「中年になると脳が衰える」という常識は、世間の押しつけなのです。中年脳には、若い脳が持っていない「賢さ」があり、それは科学的に正しいと考えられていることを理解すれば、加齢に対してポジティブでいられます。

そして、そうした態度こそが中年期以降の人生をより充実したものにする。それが本書に込められたメッセージです。