「3ステップの常識」を無視しよう
書店にたくさん並ぶスピーチの仕方を説いた本を開いてみると、
1.前置き:「今日は~についてお話しします」というように、スピーチの内容をざっと説明し、聴衆の心の準備をさせる
2.本論:話すべき本題を話す
3.まとめ:話した内容を簡潔にまとめる
という「3ステップ」の重要性を強調しているものがよくあります。こうしたステップを踏むことで、聴衆を飽きさせることなく、集中力を維持させ、しかも最後に話すまとめの内容はいつまでも記憶に残る、というものです。実際に、有名なスピーカーたちによるスピーチの多くが、このような構造になっています。
しかし、コミュ障の人からすると「それができればやるけど、できないから困ってるんだよ」と思うでしょう。そう、やる気がないのではなく「できない」のです。では、コミュ障の人は、この「3ステップ」とどのように向き合えばいいのでしょう。
この問いに対する、印南氏の答えも非常にシンプルです。それは「無視すればいい」というもの。「なにを無責任な!」と怒る方がいるかもしれませんが、できないことを自分に強制するよりも、できることを実行する。そこから、自分のペースで少しずつ、「できることの幅」を広げていけばいいのです。
世の中にはいろいろな人がいて、本来であれば「できる人」と「できない人」がいて当然といえます。だからこそ「できる人の方法論」だけを押し付けるのは無理のある話です。できない人には「やらなくてもいい」という選択肢があります。できる人に比べて「完璧ではない」「効率的ではない」のは恥ずかしいことではありません。
「完璧ではない自分」を受け入れることはとても大切です。受け入れることで、次に「自分にとって心地よい状態」が見えてきます。
堂々と恥をかこう!
なんとなく、「自分にとって心地よいコミュニケーションの方法がみつかったかもしれない」という段階になったら、たとえ「確信」がなくても、「これかも」と思うことを実行に移してみましょう。
失敗したり、恥をかく可能性も大きいです。「恥をかくこと」をなんとしてでも避けたい、というのもコミュ障が陥りがち考え方です。
しかし恥をかくことには大きな意味があります。「二度と同じ恥をかきたくない」と思うことで、知らず知らずのうちにワンステップ上がることができるのです。
それに、「恥をかく」ことに関しては、次のようなことも知っておくべきです。
- 自分が思っているほど、人は自分に興味がない(恥をかこうが、そんなことはどうでもいいと思っている)
- つまり、恥をかいてもすぐに忘れられる可能性が高い(そもそも最初から記憶に残っていないことも少なくない)
- 恥をかいてもさほど大ごとにはならないのに、自分ひとりであたふたしたら、恥をかいたことを自らアピールすることになってしまう
- だったら恥をかいたとしても「なかったこと」にしておくほうが精神的にずっと楽(もちろん聴衆にもデメリットはない)
- つまり恥をかくことは、別にどうということもない
- むしろ、恥をかいて恥を知ることができるのだから、どんどん恥をかくべき
(本書129ページより)
頑張りすぎず、「いまのまま」の自分を活かすということを、軸にした『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』は、今まで自身のコミュニケーション能力に悩んできた人にとって、心を救われる1冊となるのではないでしょうか。電話やメール、打ち合わせのシチュエーション別アドバイスや地雷を踏まない聴き方のルールなど、印南氏がコミュ障を受け入れつつ編み出したルールは、きっと役に立つはずです。