ごん狐は、心優しい狐と村の青年の物語です。いたずら好きの狐ごんが、兵十という村の青年のウナギを逃がしてしまう。ところが、そのウナギは、その後すぐに亡くなる兵十の母のためのものだと知って後悔し、お詫びの気持ちから兵十の家に栗や松茸を届けるようになる。
ところが、兵十は、ご馳走を届けに来たごんを「いたずらをしにきた」と思い、火縄銃で撃ってしまう。倒れるごん。そばに置かれた栗や松茸。真実に気づいた兵十は「ごん、お前だったのか」とつぶやく。火縄銃の筒口から青い煙が立ち上る。──『ごん狐』はこの煙の描写で終わります。
国語の授業では、最後の兵十の気持ちを考えさせます。『ごん狐』には兵十がどう思ったかなどは書かれておらず、その答えを出すことは、読者に委ねられています。でも、多くの人はこの最後のシーンを読んで、兵十の気持ちに「悲しい」「せつない」などの形容詞を重ねるでしょう。このように読者が答えを出せる文章が、「うまい文章」なのです。
でも、それは小説のテクニックでしょう? と思われるかもしれません。
しかし形容詞を避けることは、実生活でも有効です。たとえば仕事で何かの提案をするにあたり、アピールポイントを書くときなどに、「ここがいい」「ここがおもしろい」と、形容詞を使って説明していませんか? それでは、上司に「君がいいと思っても、僕はいいとは思えない」と言い返されたらおしまいです。
しかし、「このような層から支持されている。過去にこれぐらい売れた」など、あなたが「いい」と考える根拠を積み重ねれば、それにたいする良し悪しが建設的に議論できます。
このように、形容詞を避けることは、きわめて実用的なテクニックです。形容詞を避けることで、実生活においても説得力が高まるのです。
事実を示して、その積み重ねの結果、答えとしての形容詞「いい」「すごい」「美しい」……etc.を相手から引き出す。そうすることで、言葉は力を持ちます。手軽な表現は相手には伝わりません。読者が頭のなかで答えを出せるように、考え抜いた表現で問いかけていく。文章を書くうえで意識したいポイントです。
形容詞を使わないテクニック「オノマトペ」
形容詞を使わないことの大切さをここまでご説明してきました。私の近著『形容詞を使わない 大人の文章表現力』には、形容詞を避けるためのテクニックを9つ収録しました。そのうちの1つ、オノマトペを最後に紹介します。
オノマトペは「どきどき」「ワクワク」など、感情や状態を表す言葉です。日本語はオノマトペがとても豊富なのですが、オノマトペがよく使われるジャンルのひとつに「J-POP」があります。
私の調査では、J-POPでよく使われるオノマトペのベスト3は次のとおりです。
1. そっと 9799件
2. キラキラ 5519件
3. ドキドキ 5161件
(「うたまっぷ」歌詞全文フレーズ検索を使用 (2017年12月現在)。平仮名、片仮名は区別していない)
「そっと」が「キラキラ」「ドキドキ」を上回ることに驚かれたのではないでしょうか。数でいうと、「そっと」は「キラキラ」と「ドキドキ」を足したものにちょっと足りないくらい。日本のJ-POPでは、圧倒的に「そっと」が使われているのです。
「キラキラ」には恋する少女のかわいらしい輝きが、「ドキドキ」には恋する乙女の心のときめきが込められています。aikoさんは「キラキラ」というタイトルの歌を歌い、JUDY AND MARYはタイトルに「ドキドキ」を冠した曲が有名です。aikoさんもJUDY AND MARYも、90年代から00年代にかけて、10代・20代の若者を中心に人気を博しました。
「そっと」はというと、布施明さんの有名な歌に「そっとおやすみ」がありますね。「そっと…Lovin’you」という高橋真梨子さんの歌もあります。AikoさんやJUDY AND MARYさんに比べると、ずっと年上、ファンも熟年でしょう。
そう、日本では若者の恋愛は「キラキラ」「ドキドキ」しているのにたいし、大人になるとそれが「そっと」に集約されるのです。
皆さんの恋愛は「キラキラ」「ドキドキ」していますか? それとも「そっと」包みこまれるような恋愛ですか?
たった4文字の言葉で、その愛の形や行先まで暗示できるオノマトペ。形容詞で「悲しい恋」「楽しい恋」というよりも、伝わってくるものがあります。「優しい人だった」と言わずに、「そっと手を差し伸べてくれる人だった」と言える大人のほうが、うんと素敵です。
形容詞を使わない9つのレトリックを学んで、大人の文章表現力を身につけていただければ幸いです。