人に動いてもらうために大切なこと
オヤジは、たしなめるように続けた。
「一つ教えといてやるわ。
人に動いてもらおうと思ったら、正しいだけじゃダメなんやぞ。
人間は感情の動物や。論理と感情がケンカしたら必ず感情が勝つ。どんなに提案内容が論理的に正しくても、優れていてもダメや。相手は、頭やなくて心で考えるんや」
「『心で考える』ですか?」
「そうや。もし心で反発されたら、相手は、自分の心に合わせて、論理を否定するための理屈をつけてくる。
会社の施策において、『100パーセントこれが正しい』と言い切れるものはない。反対しようと思えば、いくらでも穴を見つけることができる。『俺は正しい。だから言うことを聞け』という姿勢では、反発されるだけなんや」
「はい。ありがとうございます」
(その通りだ。俺は、現状を理解せずに案を作ったから実態に即していなかった。しかも現状のやり方を否定される相手の気持ちを何一つ考えなかった。だから、全員が反発して、誰一人として賛成してくれなかったんだ)
ボクは、自分のバカさ加減に気づき、恥ずかしさで身体が熱くなった。
オヤジの話は続いた。
「そもそも、この提案は、誰のために書いたんや?」
「『誰の』って、それは会社のために――」
そう言いかけると、すぐにさえぎられた。
「いや違う。お前は、自分のために書いたんや」
(決してそんなことはありません)
そう言いたかったが、言葉に詰まり声にならなかった。
「はっきりとは自覚してないかもしれん。しかし、お前は、自分の知識とか優秀さを誇ろうとしとる。皆に褒めてもらおうとしとる。この提案は、会社のためでも営業のためでもない。お前自身のためのもんや。そんな提案が皆の心に響くと思うか?」
「……」
(そう言われれば、心の奥に自分の知識をひけらかす気持ちがあったのかもしれない)何も言えなかった。
「もう一回、一人ひとりの意見をしっかり聞いて、皆と一緒にフォームを作り上げろ。皆を巻き込んでいくんや。わかったか?」
「はい!」
「よし。最初からやり直せ。お前ならきっとできるはずや」
ボクは、今回の提案の不備を謝って回り、一人ひとりからヒアリングを行った。現状をしっかり教わり、改善に関する意見をもらった。
そして二週間後、皆の意見を全面的に反映した営業情報共有の仕組みが完成した。
それは、一人の反対も受けず、スムーズに実行された。
(第3話 終わり)
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『苦労して成功した中小企業のオヤジが新人のボクに教えてくれた「上に立つ人」の仕事のルール』(嶋田有孝 著/日本実業出版社 刊)
本書の目次
01 出会い
02 あえてダメを出せ
03 皆を巻き込め
04 成果を直接求めるな
05 常に足を運べ
06 知識と行動を循環させろ
07 責任から逃げるな
08 事実を正確につかめ
09 責任を転嫁するな
10 会社全体を見ろ
11 一人ひとりと向き合え
12 人を見る目を磨け
13 子どものように育てろ
14 「お客様の視点」で観察しろ
15 結果を恐れず行動しろ
16 信念を持って叱れ
17 感謝を忘れるな
18 弱さを乗り越えろ
19 過去を否定しろ
20 失敗でくじけるな
21 自分自身を変えろ
22 本業に力を注げ
23 ゴキブリのように生き残れ