オヤジは、厳しい顔をこちらに向けて、さらに続けた。
「提案の完成は、ゴールやない。マラソンで言うならスタート地点に立つようなもんや。
そこに必要なのは『これを絶対に実現させる』という、いばらの道を歩む覚悟、不退転の決意なんや。
さっきお前は、まるで走り切ってゴールしたような満足げな顔しとったで」
「申し訳ありません」
「まぁ、ええわ。一回やってみろ。お手並み拝見や」
「提案」だけでは人は動かない
(よ~し。やってやる)
ボクは張り切った。叱られはしたものの、提案内容に自信を持っていたからだ。
早速、関係者を集め、内容を説明した。
ところが、現実は甘くなかった。皆から猛反対を受けたのだ。
ボクは、声を張り上げて、現状の問題点を指摘し、提案のさまざまなメリットをアピールした。
だが、むなしい努力だった。全員が「できない」の一点張り。賛成する人は一人もおらず、その日の打ち合わせは散会となった。
「どうやった?」
オヤジから聞かれ、ボクは力なく返事をした。
「残念ながら、皆が反対して調整できませんでした」
オヤジの口元が、ゆるんだ。なんだかとてもうれしそうだ。
「えらい不服そうやないか。『できない』というのはウソや。皆やりたくないだけや。
なんでそうなったか、わかるか?」
「皆さん、報告書を書いたり、読んだりすることを面倒くさがっているように感じました。
こう言ってはなんですが、改善意欲に欠けていると思います」
ボクは、思ったことを包み隠さず言い、皆を批判した。
オヤジは、いきなりバシッと強く机を叩き、大声で言った。
「アホ! お前は、何もわかってへん。お前は、『自分の提案は正しい。それを受け入れない彼らが悪い』と思ってるやろ。違うぞ。提案が受け入れられへんのは、お前のせいじゃ。
お前の提案は、まるで学生のレポートや。大学なら『優』をもらえるかもしれん。だが、会社では0点や」
「はぁ」
(いくらなんでも0点はひどくないですか?)
ボクは、頬をふくらませながら心の中でそうつぶやいた。
オヤジは、厳しい口調で続けた。
「今回お前は、誰からも話を聞かんと提案を書いたやろ。
お前がこの会社で実際に営業をやったことがあるなら別や。しかし、お前には実務経験がない。だったら、なんらかの方法で現状を理解しないと提案は書けへんのと違うか?」
「……」
何も言い返せなかった。
「他社の報告書のいいとこ取りをしてフォームを作っても、うちの実態に合うてない。皆に事務的負担をかけるだけで問題点を解決する内容になってないんや。
提案は、背広みたいなもんや。どんなにデザインが良くて、いい生地でも、サイズが小さかったら着られへん。
お前は、デザインと生地にはこだわったかもしれん。でも相手のサイズを測らんと背広を作ったんや。そらあかんわな」
「申し訳ありません」
「背広の仕立ては、採寸から始める。提案も順番が大事や。自分の意見を出す前に、まずしっかり現状を知らなあかん。
それを怠ったから、お前の提案は、机上論になったんや」