何回もやり直しさせられた理由
まともに読みもせず「カタカナが少ないんや。やり直せ」と言ったオヤジに対し、ボクは腹を立てていた。いい加減だと思った。理不尽だと思った。
しかし、制作会社の担当者は、「見違えるほど文章が良くなりましたね」と褒めてくれた。確かにその通りだ。完成したものと当初案とを比べると、格段にいいものに仕上がった。その担当者は、「会長さんは、わざと却下したんじゃないですか?」と言った。
「まさか。それはないでしょう」
その場ではそう答えたが、日が経つにつれてだんだん気になってきた。
(オヤジは、この結果を予測して、わざと「やり直せ」と言ったのだろうか?)
ある日、そうなのかどうか、訊ねてみた。
ところが、あっさりと「ワシは、古臭いのが嫌で、もっとカタカナが欲しいと思っただけや」という答えが返ってきた。
(やっぱり。そうなんだ)
こちらが、拍子抜けした顔をしているとオヤジは続けた。
「ただな、お前に一つ教えといてやるわ。仕事をやってる本人は、『これが限界』『これで最高』と思ってる。だが、そこはまだ80点。すでに合格点やけど、もう一段上も目指せる。そういうケースがあるわな。
ダメな上司は、そういうときに『まぁ、いいか』と妥協してオーケーする。これでは、最高のものはできへん。これは、今回のケースだけでなく仕事すべてに言えることや」
(なるほど、わかる気がする)
ボクは、無言で大きくうなずいた。
オヤジは、ボクの目を見つめながら続けた。
「だから、ワシは、多少出来が良くても最初はあえてダメを出す。遠慮も容赦もせん。これからもあることや。よく覚えとけ」
「はい」
「何度もやり直す。その過程で研ぎ澄まされていく。その結果いいものができる。あえてダメ出しをする上司、この役割は、大切やと思わんか?」
「思います」
「ダメ出しされたやつは、腹を立てるかもしれん。落ち込むかもしれん。でも、ダメ出しが、相手にエネルギーを与える。結果として改善も進むし、本人にも力がついていく。ダメ出しをすることで壁を破らせるんや。
仕事の結果に対する執念。部下を伸ばしてやろうとする愛情。これがないと厳しいダメ出しはできへんもんや。なんでもかんでもダメ出しするんと違うぞ。社内で使う資料なんてどうでもええ。ここぞという仕事のときだけ厳しくするんや」
オヤジは、ボクの目を見て、ニヤリとしながら続けた。
「本来、改善や改良にゴールはない。今回の場合、お前の薄っぺらい自己満足とへっぽこ上司どもの妥協が、ゴールになりかけとった。それをワシがくい止めたわけや」
(まさに図星だ)
ボクは、深くうなずいた。
「会社には、『なかなか満足しない』『ちょっとやそっとでは妥協しない』うるさい人間が必要なんや。ただワシの言い方は、どぎついけどな。『カタカナが少ない』と言われたあの日、お前は、ひょっとしたら腹を立てとったんと違うか?」
オヤジは、のぞき込むようにボクの目を見た。
「えっ、いや~」
まさか「はい」と言う訳にもいかず、ボクは、ただ苦笑いを浮かべていた。
(第2話 終わり。第3話「皆を巻き込め」はこちら)
『苦労して成功した中小企業のオヤジが新人のボクに教えてくれた「上に立つ人」の仕事のルール』(嶋田有孝 著/日本実業出版社 刊)は全国の書店、ネット書店で発売中です。
本書の目次
01 出会い
02 あえてダメを出せ
03 皆を巻き込め
04 成果を直接求めるな
05 常に足を運べ
06 知識と行動を循環させろ
07 責任から逃げるな
08 事実を正確につかめ
09 責任を転嫁するな
10 会社全体を見ろ
11 一人ひとりと向き合え
12 人を見る目を磨け
13 子どものように育てろ
14 「お客様の視点」で観察しろ
15 結果を恐れず行動しろ
16 信念を持って叱れ
17 感謝を忘れるな
18 弱さを乗り越えろ
19 過去を否定しろ
20 失敗でくじけるな
21 自分自身を変えろ
22 本業に力を注げ
23 ゴキブリのように生き残れ