当時は、スイスの時計が復活する前だったので、「この努力が伝統にこだわったスイスの時計を打ち負かしたのか」と考えた。しかし、日本の時計メーカーが追いかけた高機能化路線は、それを可能にする部品類が市場に出回るとともに、日本企業だけの差別化ではなくなった。中国や韓国をはじめとする、東南アジアの企業もその安い人件費にものをいわせて、すぐ日本の時計メーカーに追いついたのだ。要するに、高機能化の技術は賞味期限が短い技術だった。

スイスの時計メーカーは時計を異なる方向から見た

日本企業によって、大きな打撃を受けたスイスの時計メーカーは、日本企業に対し、正面から戦いを挑まず、からめ手から挑んできた。

例えば、一見無駄だが、遊び心を入れて、機械式時計の機械の動きそのものを見せる時計を世に出した。あるいは、時計というよりも高級装飾品としてのデザインと高度な工作を売り物とするコンセプトで時計を作った。実際に、売り場にあるスケルトンの腕時計を見るとわかるが、時間は見にくい。日本のメーカーなら絶対に作らなかっただろう。

スイス製の腕時計(photo by Photocreo Bednarek/fotolia)
スイス製の腕時計(photo by Photocreo Bednarek/fotolia)

この後、スイスでは低価格の腕時計にも趣味的な趣向を凝らし、デザインのユニークさで日本の時計メーカーを追いつめている。しかも、デザインは、マニュアル化できるものではなく、安い人件費で勝てるものでもない。要するに賞味期限が長いのである。

米国のハミルトンも後発メーカーだが、機能ではなく、そのデザインが受け入れられて売り上げを伸ばしている。

これは、今後あらゆる製品に関していえることになるだろう。自動車だって、移動できればよいと考える市場があり、ステイタスとして所有したいと考える市場もある。その両方を狙うと、どちらの市場にも響かない製品しか創り出せないで終わってしまう。

これを川上の段階から議論して、経営戦略として立案するのがMOTである。ここまでの説明で、MOTが経営者だけのものではなく、新人エンジニアにとっても学ぶべき考え方だとおわかり頂けたと思う。

ガラパゴス現象が起きる理由

「ガラケー」という言葉がある。少し前の携帯電話のことだが、要するにガラパゴス化した携帯電話の意味だ。では、ガラパゴス化とは何か。重要な言葉なので少し説明しよう。

ガラパゴス化とは2005年頃、日本で生まれたビジネス用語のひとつである。南太平洋のガラパゴス島で発見された特殊な生態系にたとえられた一種の警句だ。

ガラパゴス諸島は、周辺の陸地から隔てられその環境は孤立している。それを日本の環境に見立てている訳だ。つまり、孤立した日本の環境で「最適化」が著しく進行すると、エリア外との互換性を失い孤立して取り残されてしまう。しかも、外部(外国)から生存能力の高い製品や技術が導入されると、最終的に淘汰される危険に陥るということを、一言でいい表わしている。とてもよく考えられた言葉である。

この言葉、エンジニアは安易に使わないほうがいい。意味をしっかり意識して、戒(いまし)めとして自らに釘を刺すつもりで使うならいいが、「ガラケー」という言葉は、日本のエンジニア全て、自分が陥るかもしれない技術上の現象を表わしている。

時計でも、家電品でも、半導体でも、そして携帯電話でも何でも、高機能を追い求め、ユーザーが何を望んでいるのか考えることなく、高機能化スパイラルを猛進する。この結果が日本でのガラパゴス化現象だ。