「共同体化」で組織に勢いをつける
以上のことを踏まえると、最初のキーワード「組織の共同体化」の意味がわかるでしょう。前述したように、日本型組織は共同体化することで機能してきました。しかしバブル崩壊以降は、グローバル化によって米国企業に見られるような契約型組織に傾いたことで従業員の士気が下がり、弱体化の一因になった。むしろ日本企業は、欧米型組織の逆を志向し、共同体化によって従業員を活性化して勢いをつけていくことが重要だ、というのです。
実際に中小企業で経営革新に成功している企業の多くは、事業の社会的使命の明確化や、「従業員満足」の追求などを通じてメンバーの共感を引き出し、組織を機能させています。
なかでも「理念」と「使命」の明確化は共同体化に不可欠だ、と原田氏はいいます。なぜなら共同体型組織のメンバーは、その存在意義に共感し、そこに所属すること自体に価値を感じるからです。共感の対象である存在意義、存在理由が明確でなければ、共同体的な価値は減り、存続できなくなるでしょう。
原田氏は、京都市にあるクロスエフェクトというベンチャー企業の事例を紹介しています。光造形技術を活用した三次元開発商品を製造する企業としてスタートした同社は、創業当初、事業の不振に悩まされていました。
転機は、心臓の3D画像データをもとにした心臓シミュレーターを短時間で製作するという、医療関連の新規事業を起こしたときでした。そのシミュレーターが、難度の高い乳児の心臓手術の予行演習に使われることから、この新規事業の使命を「子どもたちの命を救うこと」と明確化したのです。すると、従業員のやる気がそれまでとまったく変わったものになり、大きなエネルギーを引き出すことができたそうです。「組織の共同体化」の好例といえるでしょう。
「組織化」で共同体の暴走を防ぐ
ただし、共同体化した組織にも問題点があり、それは「事実にもとづかない共同体論理の横行である」と原田氏は指摘します。典型的な例として示されているのは、太平洋戦争における戦艦大和の沖縄戦への出撃です。この作戦が成功する可能性を裏付けるデータは何もなかったにもかかわらず、戦争遂行に対する共同体論理が絶対化され、日本軍のエリートたちは無謀な出撃を決断したのでした。
企業組織においても、共同体の論理を事実やデータより優先する傾向が強くなり、環境の変化に順応できなくなる危険性があります。「組織の共同体化」は強いパワーを生み出しますが、組織の硬直化を生む側面もある、ということです。この弊害を防ぐための仕組みが、「共同体の組織化」です。
同書では「共同体の組織化」がどのように行われるかを、企業事例をあげながら論じられています。読者は、富士フイルムにおけるトップダウンによる事業転換、キーエンスの仕組み化された情報収集・企画開発体制などの事例から、行き過ぎた共同体化にブレーキをかける方法を学ぶことができます。
これがダイナミック組織だ
以上から、「組織の共同体化」という運動は組織に勢いをつけるためのアクセルであり、一方の「共同体の組織化」は、その行き過ぎにブレーキをかける、相反する運動だということがわかります。そしてその2つはお互いに補完的であり、1つの円環運動を形成します。
また、短期的に見れば「組織の共同体化」は「共同体の組織化」の否定運動でもあり、逆もまた同様です。冒頭に示したように、現状否定がイノベーションに不可欠だとすれば、この円環運動を続けることこそがイノベーションを巻き起こす「仕掛け」といえます。
つまり2つの運動のバランスをとりながら組織を管理し、刺激することが、組織を形骸化させないために重要なのです。それを原田氏は「ダイナミック組織のマネジメント」と呼びます。
以上は、原田氏の考え抜かれた論考のエッセンスに過ぎません。従来のイノベーション理論や競争戦略論に一石を投じる同書は、企業組織を動かす経営者やビジネスパーソンへの知的刺激に満ちた一冊です。