Googleのマインドフルネス研修を受けて気づいたこと
─Googleやインテルといった最先端企業でも社員研修に採用していると聞きます。石川さんご自身もGoogleの研修を受けたことがあるそうですね。何か変化を感じましたか?
まず、無意識的だった自分のいろんな行動や感情に気がつくようになりました。
私には、研究者として「新しい学問を創造する」という大きな目標があり、以前の私は、その目標を実現するための進展がない1日を過ごすと「今日も何もできなかった」という感情にとらわれて、それを口癖のように言葉にして発していました。無意識に、です。
そんな毎日に充実感や満足感はありません。まるで不満を見つけるために朝起きているかのようでしたね。
しかし、研修を受けてマインドフルネスを実践していくうちに、自分のそうした感情に気がついて、日々の不満や苦しさの原因がわかった。私は、達成が非常に難しいことに、1日の満足の基準を置いていたんですね。そこで、1日の満足を違う点に見いだそうと考えて、「毎日必ず勉強すること」を満足の基準にすることによって、感情を変えることができたのです。
また、イラッとしたり喜んだりしたときに、ちょっと待てよ、この感情は何に対する感情なんだろうとか、そういう注意を払うようになりましたね。
要するに私たちは、無意識に「やらされている」ことが多いんです。その意味では「脳の奴隷」だともいえる。脳には「扁桃体」という部分があって、不安や恐怖などの情動を司っていますが、この扁桃体が王様のように振る舞っています。マインドフルネスはその支配から抜け出して目の前で起こっていることに気づこうというもので、「気づきのトレーニング」ともいわれています。
日常で手軽にマインドフルネスを実践する
─監修者として、この本の特徴をどうとらえていますか?
この本で紹介されているマインドフルネスのための53のエクササイズは、即効性があるし、手軽にできるところがいいですね。「姿勢を意識する」とか「木々に目をとめる」など、ふだん無意識的にやっているようなことに対して意識を集中して、注意を向けてみませんか、といっているわけです。とても実践的だし、押しつけがましくないところもいい。
これまでのマインドフルネス関連本は、坐禅をしようとか日記を書こうとか、あらためて始めるには時間がかかって面倒なことをすすめるものがほとんどなんですね。こういうことは「忙しいからできない」となりがちで、ちょっとハードルが高い。
加えていうと、他の本は「感謝しましょう」とか、ポジティブなことばかり強調するものが多いんですが、この本の著者は「イヤだという気持ち」や「いらだつ心」といったネガティブな感情にも目を向けようといっています。「喜怒哀楽」には、良し悪しじゃなくてそれぞれに役割がありますから、そういう意味でもバランスがいいですね。
─「怒」や「哀」という感情からは、できるだけ離れたい気もしますが。
たとえば100歳まで生きるような人は、若いときに苦労した人が多いといいます。喜びが多くて苦労が少ない人生が決していいわけではなくて、いろいろあったほうがいい。病気から学ぶことだってあるんです。
─本書の読み方や使い方について、読者にアドバイスはありますか。
一気に読み進めてしまわないほうがいいかもしれませんね。それぞれのエクササイズには「WEEK1」から「WEEK53」とありますが、「日めくりカレンダー」ではなく時間をかけて「週めくりカレンダー」をめくるつもりで、1つひとつをじっくりと実践してみると良いと思います。さきほどもいったように、エクササイズとしてはとても簡単なものばかりですから、負担になることもないでしょう。
普段の無意識的な行動も、注意の向け方を変えると新しい発見があります。その気づきがまさに、マインドフルネスなんですね。
プロフィール
石川善樹(いしかわ よしき)
予防医学研究者。医学博士。
1981年広島県生まれ。東京大学医学部を経て、米国ハーバード大学公衆衛生大学院修了。専門は行動科学、ヘルスコミュニケーション、統計解析など。株式会社キャンサースキャン、株式会社Campus for Hの共同創業者。ビジネスパーソンを対象にしたヘルスケア、ウェルネスの講演、執筆活動を幅広く行なっている。NHK「NEWS WEB」第3期ネットナビゲーター。著書に『疲れない脳をつくる生活習慣 ~働く人のためのマインドフルネス講座~』(プレジデント社)、『友だちの数で寿命はきまる ~人との「つながり」が最高の健康法から』『最後のダイエット』(いずれもマガジンハウス)、『健康学習のすすめ』(日本ヘルスサイエンスセンター)などがある。