『人をつなぐ 対話の技術』(山口裕之 著)は、意見の違う人たちを排除しあう風潮に警鐘を鳴らし、「対話の技術」を身につけることの重要性を説く一冊。

ここでは特別に著者による「はじめに」を公開します!

 山口裕之(やまぐち ひろゆき)

1970年奈良県生まれ。徳島大学総合科学部准教授。99年東京大学大学院哲学専門分野博士課程単位取得退学。2002年文学博士。著書:『コンディヤックの思想』(勁草書房)、『人間科学の哲学』(勁草書房)、『ワードマップ 認知哲学』(新曜社)、『ひとは生命をどのように理解してきたか』(講談社)、『コピペと言われないレポートの書き方教室』(新曜社)など。


 『人をつなぐ 対話の技術』はじめに──山口裕之 

 「対話」は人と人をつなぎ、社会を支える

 現在の日本において、多くの人が身につけていなければならないのに身につけていないものは、「対話の技術」である。

 対話とは、単なるおしゃべりではなく、立場や意見を異にする人と話しあい、互いに納得できる合意点を見つけることである。そう言うと大変なことのようだが、われわれの生活は、週末の予定を決めることから、会社の企画会議、さらには国会での審議まで、ほとんど対話でできていると言っても過言ではない。人間は、他人とともに生きており、他人と合意して、共同で何かをすることが、人間の生活のほとんどを占めているからである。

 そして、上手に対話ができる人は、自分と異なる意見を理解し、相手にも自分の意見を理解してもらうことで、みずから成長していくことができる。対話を通して一人で考えていては思いつかなかったような見方ができるようになり、感情に振り回されて失敗することも少なくなる。感情は、事態の一面に対する反射的な反応なので、ものごとを多面的に見られれば、激しい感情は感じようがないからである。そういう人と対話すれば、相手もまた同じように成長していくことができる。対話は、自分と相手を成長させ、人と人とをつなぎ、ひいては民主的な社会全体を支えるのである。

「対話の技術」は身につけることができる

『人をつなぐ 対話の技術』y山口裕之 著
『人をつなぐ 対話の技術』山口裕之 著

 しかし、普通、対話は立場や意見の違いが表面化したときに始まるから、相互の理解や合意形成よりは、感情のもつれや罵りあいになってしまうことも多い。そうならないためには、ちょっとした注意点やコツがあり、それを知り、練習を重ねることで、対話の技術を向上させることができる。

 ここで「技術」と言っているのは、対話の能力は、才能やセンスに依存するのではなく、練習すればたいていの人に習得可能なものだからである。そこで、この本では、人間の感情や思考が持つ傾向について分析し、対話の技術を向上できるように、そうした注意点やコツを考えていきたい。

 とはいえ、言うは易く行うは難しである。現在の日本社会を見ると、人と人は対話せず、むしろ断絶が広がっているように思われる。インターネット上では、「ネトウヨ」と言われるような人たちが、気に入らない人やものごとに対して罵詈雑言を投げつけている。国民の代表が集まる国会でも、冷静な討議よりは「感情的な罵りあい」に近いような場面がしばしば見受けられる。そうした風潮の中では、単に注意点やコツを聞いただけでは、「そんなのは非現実的だ」と言って、シャットアウトしてしまう人がほとんどではないかと思う。

「対話」が民主主義をつくる!

 そこで、この本では、最近の日本の風潮を概観し、その原因を検討し、多数決と対比した対話のメリットを論じ、民主主義と対話の関係や、さらには「道徳や倫理の根本は何か」といったところにまで踏みこんで考えていきたい。

 なお、対話は、憶測や思いつきではなく、客観的な根拠にもとづいて進めなくてはならない。私自身がそれを実践するために、本書での議論を進めるうえで、可能なかぎり一次文献や一次資料を参照している。そのために巻末の注釈が多いが、できればそちらもご覧いただければと思う。

 私の書くことに、イライラっとする方もおられるかもしれない。そういう方にこそ、最後まで私との対話に付きあっていただければ、幸いである。

2016年2月


『人をつなぐ 対話の技術』◎目次

第1章 対話ができない人たち

1.インターネット上の感情的な罵りあい/2.異論を封じる政治/3.大学における異論を封じる体制づくり

第2章 対話が民主主義を作る

1.民主主義は多数決ではない/2.民主主義の思想と歴史/3.民主主義国家はどのようにしてできたか/4.対話によって思考力を育てる/5.民主主義とは対話である

第3章 「正しさは人それぞれ」、なんてことはない

1.「正しさは人それぞれ」が横行している/2.「個性尊重」が人と人とを分断する/3.『心のノート』が連帯を阻む

第4章 対話が「正しさ」を作る

1.ふたたび、「人それぞれ」論について/2.倫理の起源は感情にある/3.建設的な「対話の技術」/4.対話の教育が真の道徳教育である/5.対話が人を育て、人をつなぐ