ソクラテス「ん? 何、その『お察しします』的な目は?」
サトル「いえ。気にしないでください。とにかく、ソクラテスさんが無事におうちに帰れることをゼウス様に祈ることにします」
ソクラテス「どうもありがとう! でも、ほんとに心配いらないよ。ぼくは、自分がいる場所を、神様から与えられた持ち場だと考えていてね。だから、どんな場所であれ1日1日を大切に生きて、自分のやるべきことをやるだけさ。そうすれば、生きているあいだも死んでからも、『自分の生をできるだけ善いものにするよう心がけてきた』と、胸を張って言うことができるから」
「自分の生を善くする」と言っても、実際にやってることはゴミあさりなんですけど……。
ソクラテス「そんなことより、キミのほうこそどうかしたの? さっきは何やら憤っているようだったけど」
サトル「あ、聞こえてました? でも、ソクラテスさんのつらい身のうえに比べれば、たいしたことじゃないですよ」
ソクラテス「『つらい身のうえ』だって? 失敬だなあ、キミ。これでもぼくは、生活に困らずに思うぞんぶん哲学ができて、幸せだと思っているんだよ。ところで、その『たいしたことじゃない』ことって、いったいどんなことなの? よかったら聞かせてくれよ」
サトル「恋愛のことです」
ソクラテスは突然天を仰いで大きく首を振った。
ソクラテス「おおヘラクレスよ、なんてこった! サトルくん、いったいキミは、どういう相手にどういう恋をすべきかという問題が、どういう家に住んでどういうものを食べるべきかという問題と比べて『たいしたことじゃない』とでも思っているのか!?」
サトル「いえ、そういうつもりで言ったわけじゃないんですけど。ただ、さすがにホームレス生活はつらいんじゃないかと思って。……あ」
ソクラテス「ホームレス? ホームをレスしてるっていうこと? 家ならあるじゃん。あの青くてシャカシャカした布でできたやつが」
ソクラテスは得意げに、段ボールとベニヤとビニールシートでできた四角い大きな箱を指さした。
サトル「いや、あれは家っていうか……」
ソクラテス「家じゃん。どう見ても」
サトル「……そうですかね。まあ、どうしても家だって言うなら、そういうことにしておきましょうか」
ソクラテス「そうしてくれ。ところで、元の話に戻るけど、『つらい』ってことで言うと、仮にいま自分の生活に気を取られて、キミから話を聞く機会を逃すようなことになれば、そっちのほうがずっとつらいことだよ。何しろこれは、恋愛という人生の重大事に関わることなんだから」
サトル「……はぁ」
ソクラテス「ともかくだね、ぼくはキミがどんな恋を経験したのか、そもそも恋ということについてどういう見解を持っているのか、それが知りたくてたまらないんだ。どうか恋の神霊エロスに誓って、一刻も早くぼくに恋の話を聞かせてくれよ」
サトル「いや、そんな必死に頼まれてもなあ……。それに、そんなに話のハードルを上げられると、なんだか話しにくくなっちゃうじゃないですか。でも、まあ、そこまでおっしゃるなら、ちょうど愚痴を言う相手がほしいと思っていたところですし、さっきあったことをお話ししますね」
ソクラテス「友よ、どうもありがとう! ゼウスに誓って、心から感謝するよ!」
かくしてぼくは、相変わらずオーバーすぎるリアクションのソクラテスに、今度は恋愛相談をすることになってしまった。
サトルの合コン体験談
サトル「じゃあ聞いてください。本当にひどい話なんです。じつは今日、友達に誘われて合コンに行って来たんですよ。……あ。『合コン』って何だかわかりますか?」
ソクラテス「うん。前に2人組の若い男が話しているのを聞いたことがあるよ。男と女が出会いを求めて集まる『シュンポシオン』みたいなものだろ?」
サトル「シュンポシオン?」
ソクラテス「ギリシャ語で『飲み会』の意味だ」
サトル「ああ、そういうことなら、だいたいその理解で合ってます」
ソクラテス「で、その合コンがどうかしたの?」
サトル「女の子のレベルが信じられないくらい高くて、しかも好みのタイプの子の向かいの席に座れたんです」
ソクラテス「それはよかったじゃないか」
サトル「そう思うでしょ? ところが、よかったのは最初だけだったんです」