鳥越:一週間ぐらいたって、「ヒ素もありました」ってなったんですね。新聞には、「青酸・ヒ素カレー中毒事件」と並列に書かれるようになった。それが何日か続いて、最終的にはわかったんでしょうね、「青酸」という字が消えたんですよ。それでいまでは、世の中一般には「ヒ素カレー中毒事件」として記憶されています。

あの時警察は、近くのメッキ工場だとか工業高校だとかを家宅捜索して、青酸カリとか青酸ナトリウムとかを全部押収してますから。それぐらい警察は、青酸にこだわっていた。だけど僕の直感、ひらめきでは、これは青酸ではない、というのがあった。スタッフは誰もそれをわからない。何が違ったかというと、結局は経験値なんですね。

コンピューターも、データをいっぱい入れるとマッチングしやすいじゃないですか。人間の脳も、経験というデータを入れておくと、ひらめきが出るわけです、パッと。これ違うとか当たってる、とか。これがすごく、僕は人間が生きていくうえで大事だと思うんで、これを今日は、皆さんに知っていただければそれでもういい、OKかなと。

山路:それがこの本に書かれているわけですね(笑)。

スクープが世の中を変えた!

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『君は人生を戦い抜く覚悟ができているか?』


ただね、桶川の事件でもカレー事件でもそうですけど、難しいことですよ、実際は。みんながそう思っていない時に声をあげるっていうのは大変なことです。そういった意味ではね、僕は鳥越さんの近くで仕事させていただいてね、先ほどあまのじゃくとおっしゃったけれども、大変なもんだなと、正直。あまのじゃくが世の中を変えるというのを、目の前で見せてもらったわけですから。

大変なのは、われわれテレビメディアで仕事してますけど、テレビ局っていうのは大組織ですからね、そうすると、突きつめていけば、ジャーナリズムのような社会正義と、いわば大企業として存立するための危機管理というのは、対極にあるんですよね。テレビ朝日側も、鳥越さんを前に言うのもあれですけど、相当大変だったと思いますよ(笑)。

鳥越:わかってるわかってる(笑)。

山路:僕はちょうど中間にいるわけですよ。独立系プロダクションですから。鳥越さんの思いと、企業の危機管理というか、最近コンプライアンスとかいろいろいわれるけど、その真ん中にいて、これ本当に大丈夫かな、いいかげん鳥越さんも少しは折れたほうがいいんじゃないかなとか、そう思う局面はいままで結構あったんですよ。ところが取材で一緒にくっついて歩いていくと、どんどん現実の方が変わっていくというのがあって。

いま、テレビの取材の現場ってやりづらくなっているんですよね。僕らの仕事ってコンプライアンスの対極にあるような部分があるんです。つまり、ルールのなかで仕事をやっていて、本当に伝えなきゃいけないことが伝えられるのか、取材できるのか。ルールのなかで力を持った人間が何かを隠そうとしているときに、それを暴くことができるのか。

鳥越さんというキャスターの立場でそれをやるというのは本当に大変なことで。僕らのようなディレクターとかレポーターだったら、使いにくければ局側も単純に切ればいい話だけど、キャスターはなかなか切れないですから。だからテレ朝も大変だったろうな、と思うんですよ。現に、鳥越さんがいない時に幹部が集まって、鳥越さんのことを「どうしようどうしよう」って、言ってるようなときが多かったんです。このままいったら大変なことになるよなあ、って。

例えば、われわれの報道によって、埼玉県警の本部長のクビがとんだんですよ。担当の警察官も書類送検されて。

鳥越:3人クビですよ、3人懲戒免職。

山路:それこそがスクープで、放っておいたら闇に葬られるところを、掘り下げることができた。いつか時間の経過によって明らかになることは僕はスクープだと思ってないんですよ。誰かが取材して伝えたから、何かが変わった、それがスクープだと思う。

鳥越:桶川の事件では、ストーカー行為を仕掛けてきた男は、近所でスピーカーで夜中に大声で叫んだりビラを配ったりして、名誉棄損行為をやっていて、一家が管轄の上尾警察署に名誉棄損で告訴したんですよね。それを上尾警察は受け取りたくなかったんだけど、受け取っちゃったんですね。

告訴状は受理すると、告訴を受けて捜査したらこういう結果が出ましたと、検察庁と県警本部に報告しなきゃいけない義務がある。で、警察としては、あとで忙しいとかいろいろ理由付けてたけど、それを受理しなかったことにしたくて、一家に対して、告訴状を取り下げてください、とまで言っていた。

もちろん一家はそれを拒否したんですけど、警察は内々で処理して、告訴状を改ざんして、告訴自体をないものにしたんです。そういうことがわれわれが取材していくなかで明らかになって、それが引き金で県警本部長のクビがとび、3人の警察官が懲戒免職。重たいですよねクビですから。退職金も何ももらえない。その他10人以上処分されました。告訴状の改ざんは犯罪行為ですから。警察がそれに手を染めたんです。