「経済学者や政治理論家の思想は、正しい場合にも間違っている場合にも、一般に考えられているより、はるかに強力である。世界を支配しているのは、思想以外にないと言えるほどである。自分は現実的であって、どのような思想からも影響を受けていないと信じている者も、いまは亡き経済学者の奴隷であるのが普通だ。権力の座にあり、天の声を聴くと称する狂人も、それ以前に書かれた経済学者の悪文から、錯乱した思想を導き出している」
ケインズはまた「恐ろしいのは思想である」と指摘し、その力に較べれば経済的な既得権の問題など大したことはないとまで書いていました。
経済学は倫理・哲学と不可分
アダム・スミスは『国富論』とともに『道徳感情論』を残しています。社会学者のマックス・ウェーバーは宗教と経済の関係を説き、ケインズは『一般理論』のなかで「アニマル・スピリット」という“資本主義の精神”を取り上げています。また、イノベーションで有名な経済学者シュンペーターは、企業の所有と経営の分離によって経営者が企業家精神を失い、資本主義は衰亡すると考えていました。ここでも精神、思想が問われています。
資本主義と倫理、思想の問題を指摘していたのは、欧米の大学者だけではありません。近代日本の代表的な経済人、実業家の渋沢栄一は論語と武士道に則った「士魂商才」を唱えていたのです。
リーマン・ショックは、企業や投資家、金融工学のプロたちが、こうした倫理、思想を忘れマネーゲームに走った結果、起こるべくして起きた危機でした。
コラムで読み解く現代中国経済の今と未来
本書の各章末には著者の専門である現代中国経済についてのコラムを掲載しています。中国経済は「脅威」、あるいは「崩壊」というレッテルを貼って語られることが多いのですが、そうしたものの大半が客観性を欠く珍説であることが、これらのコラムを読めばわかります。
日本経済にとって、中国経済の善し悪しはまさに“生命線”なのです(日中戦争では「満蒙は我が帝国の生命線」と叫ばれました)。戦後、よく言われた「アメリカがくしゃみをしたら日本は風邪をひく」というどころの話ではなく、今や「中国が風邪をひいたら日本は肺炎がこじれて死に至る」とさえ言えそうです。「親中」「嫌中」といった感情的で子供っぽい議論では、日中経済関係は捉えられません。
中国の中間層が大挙して日本にやってきて商品を買っていく「爆買い」と、最近の中国国内株式の下落(2015年8月19日現在)、来年3月に発表される「第13次5か年計画」は、世界経済、日本経済にとっての重要なファクターとなることは間違いありません。その背景を考えるのにぴったりのコラムと言えましょう。