伝統的経済学は、人間を合理的にモノを考える存在であると捉えてきましたが、実際にはそうではない、ということです。
2002年にノーベル経済学賞をとったダニエル・カーネマンは、「人間は自分がいま持っているモノを失うことに恐怖心を感じる。たとえその可能性が非常に低くても、何かを失うかもしれないという可能性があるというだけで恐れを抱く。その恐れの感情が論理的思考を妨げる」といっています。これを行動経済学者たちは「損失回避性」と呼んでいます。
古代、アフリカのサバンナで生活していた時、人間はずっと飢餓の時代を過ごしてきました。私たちが本能的に、いま持っているわずかな食料やモノを失うことを極端に恐れるのは、こうした経験から来ているのかも知れません。
行動経済学に「選択のパラドックス」という有名な実験がありますので紹介しておきましょう。
スーパーマーケットでの実験で、テーブル1にジャムを6種類置きます。一方テーブル2には24種類揃えます。この時、テーブルに来た客は6:4でテーブル2のほうが多かったのですが、意思決定をしてジャムを買った客はこのうちの3%に過ぎなかった。テーブル1の、選択肢の少ない客のほうが明らかに多く購入するという結果が出ました。
この実験でテーブル2のお客さんは、多くの選択肢を前にして、迷ってしまったんです。なぜかと言えば、自分が間違った選択をして、本当は欲しくもないものを買ってしまうことがいやだったんですね。
「たかがジャムの話」と思われるかもしれませんが、ジャムでこれだけ迷うんです。ましてやクルマを買うとか金融商品を買うとか、あるいは自分のキャリア上の大きな問題が絡んで、この仕事に失敗したら左遷させられるかもしれない、というような状況にある時、迷いに迷って人間はなかなか決断できない。
このように、選択に迷って意思決定できないとき人間はどうするか。「あいまいな妥協」をします。すなわち買わない、ということを選択する。あるいは、先例に従います。どんなにたくさんのジャムがあっても、それにチャレンジをせず、いつも食べているイチゴジャムを買う。