人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

現在はNHK「日本人のおなまえっ!」解説レギュラーとして出演するほか、『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など著書多数。

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高知県と吉良氏のルーツ

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2013/07/22 13:29

自公両党の圧勝で終わった参議院議員通常選挙。その一方で都議会議員選挙に続いて共産党も躍進した。東京都選挙区でも弱冠30歳という吉良佳子が当選している。

東京で「吉良」というと、元禄赤穂事件で有名な吉良上野介を連想するが、同氏のサイトをみると高知県出身とある。実は、高知県は大分県に次いで全国で二番目に「吉良」という名字が多い県である。

吉良上野介は清和源氏の出で、室町幕府将軍家の足利家の一族だが、土佐の吉良氏は同じ清和源氏ながら、そのルーツは違う。

平安時代末期、平氏政権下の永暦元年(1160)、源頼朝の弟の希義は土佐国に流され、長岡郡介良荘(高知市)に住んだ。そして、治承四年(1180)源氏の蜂起を恐れた平家の命をうけた平田俊遠・蓮池家綱によって討たれている。

土佐の吉良氏は、この希義の子希望の子孫と伝えているのだ。鎌倉時代になると、希望は頼朝から土佐国吾川郡に所領を与えられ、以後吉良氏を称したと伝える。以来吾川郡内に勢力を振るい、やがて戦国大名に発展した。

天文9年(1540)に土佐北部の戦国大名本山氏に敗れ、以後は本山茂辰が吉良氏を名乗っていたが、茂辰も長宗我部元親に敗れて戦国大名としての吉良氏は滅亡した。しかし、現在でも高知市付近には末裔とみられる吉良一族が多数住んでいる。
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