人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

現在はNHK「日本人のおなまえっ!」解説レギュラーとして出演するほか、『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など著書多数。

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消滅する小さな町村

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2006/01/16 09:11

 今年の3月末で、市町村合併特例法の期限がきれる。そこで、今や駆け込み合併のラッシュである。
 一番区切りいい、今年の1月1日には全国で43件もの合併があった。新しくできたのは32市10町1村で、長野県下伊那郡の阿智村は隣の浪合村を編入したものの村のまま。というのも、同村のホームページによると合併によって増えた人口はわずかに744人らしく、これではあまり変化がなさそう。
 その後、4日(仕事初めの日?)に2件の合併があり、10日(本格的な仕事の開始日?)にも8件。ちなみに両方とも仏滅で、あまり気にしないようだ。
 10日の合併の中に、三重県の最南端にある紀宝町が含まれている。合併の相手は鵜殿村。一般的にはあまりなじみがないが、地理愛好家や歴史ファンの間ではかなり有名な村である。
 地理的には、日本一小さい村として有名。鵜殿村の面積わずかに2.88平方キロ。これは東京ディズニーランドのわずか4倍に過ぎない。ところが人口は5,000人もあり、人口密度的には都市並。これは、鵜殿村が熊野川河口の港町部分だけで成り立っているためで、周辺の山間部はすべて紀宝町に属しているからだ。
 逆に紀宝町にしてみると、“町”の所だけを鵜殿村に取られているため、役場の近くには紀勢本線が通っているものの駅すらない(鵜殿村には鵜殿駅がある)。紀宝町役場へは、隣の和歌山県にある新宮駅から熊野大橋を渡っていくのが早いという状況なのだ。
 歴史的には、神武天皇が日向から東征してきて大和を統一した際、この鵜殿村から紀伊半島に上陸したことで有名。また、世界遺産として登録された熊野三山への輸送口でもあった。中世、熊野三山を治めていた熊野別当の一族のもとには全国の荘園から物資が送られてきたが、それらはすべて鵜殿村で一旦陸揚げされ、ここから熊野に輸送されていた。
 こうした歴史的事情を背景に、周囲をぐるっと紀宝町に取り囲まれながらも、極小の村として自立していたが、ついにその歴史の幕を閉じることになった。
 ちなみに日本一狭い自治体は、軍艦島で有名な長崎県の高島町だったが、2005年1月に長崎市に編入されたため、現在は高知県の赤岡町。赤岡町の面積は、わずかに1.64平方キロと、鵜殿村よりも狭い。実は小さな自治体は村よりも町の方が多いのだ。というのも、極小の自治体で自立するためにはそれなりの人口が必要なため、多くは商業地で成り立っている。鵜殿村の人口も5,000人近く、町でもおかしくない。
 この赤岡町も3月には周辺と合併予定。かわって最少となる岐阜県墨俣町も年度末には大垣市に編入される見通しなので、平成の大合併以降の最小は、富山市の郊外にある舟橋村となる予定である。
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