人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

現在はNHK「日本人のおなまえっ!」解説レギュラーとして出演するほか、『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など著書多数。

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鈴木本家と屋敷跡

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2012/04/09 12:25

鈴木さんの旗がたなびいている藤白神社から、2〜3分のところに、鈴木屋敷跡という史跡がある。



鈴木屋敷跡


佐藤さんに次いで日本で2番目に多い鈴木さんのルーツは、紀伊半島の熊野地方である。平安時代、朝廷の篤い信仰を得ていた熊野信仰も、鎌倉時代に武士政権となって朝廷の力が衰えるとともに衰退した。

そこで、熊野神社は山伏を各地に派遣して信仰を広めた。この山伏達が名乗っていた共通の名字が「鈴木」なのだ。つまり、「鈴木」とはある特定の一人を始祖としてできた名字ではない。

「すずき」とは、この地方の方言で稲藁を乾燥させるために積み上げたもののこと。また、鈴木一族の姓である「穗積」も、稲穂を積み上げたものに由来することから、鈴木一族は稲作に関係の深い氏族であることが類推される。

そして、この鈴木一族のなかでも総本家とされるのが、藤白神社の神官をつとめた鈴木家だったのだ。鉄砲で有名な戦国時代の雑賀一族も、武士化したこの一族である。

テレビなどでも何度か紹介されたことから近年有名となり、「鈴木家お守り」など鈴木さんグッズも売られていた。しかし、道案内の看板もあるのだが、あまり人が訪れている形跡はない。



鈴木家お守り


実は、鈴木家は戦争中に跡継ぎがいなくなって断絶したため現在は無人。そのため、塀は朽ち、屋敷もかなり傷んでいる。それでも、庭には曲水泉があるなど、往時をしのばせる雰囲気はあった。屋敷跡の看板によると、整備計画もあるようだった。
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