人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

現在はNHK「日本人のおなまえっ!」解説レギュラーとして出演するほか、『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など著書多数。

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指宿市にある条里制由来の地名

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2024/11/06 10:51

夕暮れの指宿

47年振りに鹿児島県を訪れた。市内に泊まった後に噴煙を上げる桜島に渡り、南下して指宿に宿泊。翌日は朝から豪雨となったため、予定を変更して鹿児島市内に戻り、博物館や美術館を訪れた。

噴煙を上げる桜島

どこかに泊まると、夕方や朝に周辺を散歩することにしている。今回も夕方に指宿の海沿いを散歩していると、「十二町」という地名看板を見つけた。富山県に「十二町」という地名があり、それに因む「十二町」という名字があるのは知っていたが、鹿児島県にも地名があるのは知らなかった。

帰宅後に地名辞典で調べてみると、「十二町」は江戸時代は「拾弐町村」だったという。そして、豪商として知られた浜崎家の住んでいた場所だった。明治22年に町村制が施行された際に指宿村の大字となり、現在は指宿市十二町となっている。そして、市内には「十町」もあるという。

さらに調べると、江戸時代初期までは市内には「拾九町」もあり(現在は同市西方・東方)、3つ合わせると41町となる。鎌倉時代初期に書かれた『薩摩国図田帳』によると揖宿郡の田数が「47町」とあることから、おそらくこのうちの41町分が地名となったのだろうという。

古代の条里制は1町(約109m)四方が1単位となっており、「十二町」などの地名はこの条里制の遺構とみられるらしい。

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