日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。
交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。
2022/04/26 10:23
梶原景時館跡のある寒川駅の近くには、「大岡越前通り」という道がある。寒川の町からJR相模線を東に渡ってところから東西に延びる道で、住所としては茅ヶ崎市になる。
大岡越前といえば、テレビでも有名な江戸町奉行。それが、なぜこんなところに通りの名がついているかというと、大岡家の菩提寺が茅ヶ崎市堤の浄見寺だからだ。大岡家は、戦国時代に徳川家がまだ三河の一土豪だった頃からの譜代の家臣。
『寛政重修諸家譜』によると、大岡忠勝が徳川家康の祖父松平清康に仕えたのが祖で、その子忠政は家康に仕えて相模国高座郡堤村で380石を賜ったとある。父忠勝の法名が浄見だったことから、忠政が浄見寺を開基し、以後大岡家の菩提寺となった。
忠相は2700石の旗本大岡忠高の四男で、一族で1920石の旗本だった大岡忠真の養子となり、以後累進して江戸町奉行として活躍、さらに1万石に加増されて三河西大平藩を立藩した。
この藩の陣屋は三河国額田郡西大平(現在の岡崎市大平町)に置かれていたが、先祖代々の所領である相模国高座郡の所領も引き続き大岡家の領地であった。従って、大岡家の菩提寺も浄見寺のままで、代々の墓も浄見寺にある。