日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。
交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。
2020/11/16 10:12
15日の大河ドラマ「麒麟がくる」では、笑福亭鶴瓶の息子・駿河太郎扮する筒井順慶が登場し、その挙措が話題となった。筒井順慶は、戦国時代が好きな人にとっては重要な人物だが、教科書などにはあまり登場しないため、一般的な認知度はそれほど高くない。
筒井氏は、徳川幕府の編纂した『寛政重修書家譜』では藤原氏の庶流におさめられているなど、藤原氏の一族とされることが多いが、実際には大和の古代豪族大神(おおみわ)氏の末裔ではないかといわれている。もとは興福寺一乗院門跡に仕える坊人といわる僧侶で、室町時代中期には順覚が6代将軍足利義教に拝謁するなど、一定の実力を持つ国衆に成長していた。
応仁の乱で一旦没落した後、天文15年(1546)に順慶の父順昭が貝吹城の越智氏を降して再興、ドラマの頃は跡を継いだ順慶が松永久秀と激しく争っていた。
さて、ここからはネタバレ。
順慶は光秀の紹介で織田信長に従うと、松永久秀の自刃で大和一国を統一する。本能寺の変では去就に迷い、ここから「洞ヶ峠を決め込む」ということわざまで生まれることになるが、これは事実とは違う。
その後、豊臣政権下で大和から伊賀に転じたが、大坂の陣で養子の定次が内通を疑われて自刃、従弟定慶は討死して筒井家は断絶した。なお、順慶の別の従弟順斎の末裔は旗本として続き、子孫の筒井政憲は幕末に日露和親条約の交渉を行っている。