一生モノのスキルになる! 『文章を書く』ことの苦手を好きにかえる方法<連載第2回>
伝える力【話す・書く】研究所を主宰し、「文章の書き方」に関する著書も多い山口拓朗さんに書き方のコツを教わります。今回は、「文章を書き始める前」に必要な準備について。
何となく書いた文章で、人を動かすのは難しい
私が講師を務める企業研修で「文章を書くときにどんな準備をしていますか?」と質問をすると、8割くらいの人が「とくに何も……」と答えるか、「えっ、準備が必要なんですか?」「どんな準備をすればいいんですか?」と聞き返してきます。裏を返せば、ほとんどの人が、準備らしい準備をしないまま“何となく”文章を書き始めている、ということです。
日記やSNS投稿などの私的な文章ならまだしも、仕事で使う文章で何の準備もしていないとしたら、それはとても残念なことです。もしかすると、そういう人は、せっかく文章を書いても、そこに費やしたコスト(時間や労力)を回収できずにいる人かもしれません。
一方、文章を書くことで仕事の成果をあげている人は、往々にして書く前の準備に力を入れています。費やしたコストの回収はもちろん、コスト以上のメリットも得ています。この傾向は筆者の体験とも一致します。準備をしたうえで書いた文章と、行き当たりばったりで書いた文章では、自分に返ってくるリターンの質と大きさがまったく違うのです。
2つの「準備」が、文章のゴールを大きく変える
では、文章を書いて仕事の成果をあげている人たちは、書く前にどのような準備をしているのでしょうか。
- 理想的なゴールを設定する
- 読む人のニーズを把握する
この2点が、私が実践している必須準備です。1と2をそれぞれ解説しましょう。
【1. 理想的なゴールを設定する】
たとえば、取引先に提案書を書く場合、ふさわしいゴールはどのようなものでしょうか。「提案内容を“正しく伝える”こと」だとゴール設定が弱いと言わざるを得ません。提案書の理想的なゴールは、その提案書を読んだ人から「これはいい提案ですね。ぜひやりましょう!」と返事をもらうことではないでしょうか。
別の例を挙げましょう。メールを書いて次々に見込み客とアポを取っていくAさんと、たくさんメールを書いてもあまりアポが取れないBさん。ふたりの違いは、そもそものゴール設定にあることが少なくありません。
【Aさんのゴール設定】
相手から「ぜひ会いましょう!」と返事をもらうこと。
↓ ↓ ↓
その返事をもらうために必要な要素を文面に盛り込む。
【Bさんのゴール設定】
とくになし。
↓ ↓ ↓
よく考えずに「アポを取れたらラッキーだな」くらいの気持ちで書く。
理想的なゴールを設定することによって、Aさんはメールの文面を工夫します。相手が「この人に会いたい」という気持ちになる要素を効率よく盛り込んでいくのです。要素の一例としては“よそでは入らない貴重な情報”や“相手の悩みを聞いてあげる機会”“相手の困り事を解消へと導く方法”などが挙げられます。つまり、相手が喜ぶメリットを提示するのです。
一方、ゴール設定をしないBさんが、メールの文面に相手が「会いたい!」と思うような要素を盛り込むことはありません。その結果、なかなかアポが取れないのです。
このように、ゴール設定次第で「文章のクオリティ」と「その先で待ち受けている成果」は大きく変化します。ゴール設定の差は“微差”ではなく“大差”なのです。
【2. 読む人のニーズを把握する】
もうひとつ欠かせない準備が「読む人のニーズの把握」です。いくら理想的なゴールを設定できても、読む人のニーズを把握できていなければ、残念ながら理想的なゴールに到達することは難しくなります。
たとえば、先ほどの提案書の例を思い出してください。ひとつの提案書をコピーして、すべての取引先に送付(送信)しているようでは、思うような成果が得られるはずもありません。A社とB社とC社では、置かれている立場も、抱えている課題やニーズもそれぞれ違うからです。
A社のニーズ:社員教育に力を入れたい
B社のニーズ:とにかく売上を伸ばしたい
C社のニーズ:事業の縮小化を図りたい
このように、読む人ごとにニーズは大きく異なります。この世に1人(1社)として同じニーズの人(会社)はいません。重要なのは、その人(会社)のニーズを把握したうえで、それを満たす形の提案ができるかどうかです。
もちろん、読む人(会社)のニーズを満たすためには、事前にその人に関する情報を収集しておく必要があります。その人と直接話をしたり、周囲の人から話を聞いたり、あるいは、現場で取材をしたり、資料にあたったり、会社のウェブサイトやSNSをチェックしたり……あの手この手で多角的にニーズを把握していくのです。
読む人のニーズが把握できていれば、文章は半分書き上がったようなものです。なぜなら、多くの場合、仕事で使う文章とは、読む人のニーズに応えるためのものだからです。のどがカラカラに渇いている人に“焼き肉”を差し出しても喜ばれるわけがありません。のどが渇いている人に最も喜ばれるのは“水”でしょう。つまり、事前に読む人のニーズ(のどが乾いている/水が飲みたい)を把握できるかどうかが勝負の分かれ目なのです。
「理想的なゴール」と「読む人のニーズ」を見極めよう
提案書というわかりやすい例で話を進めてきましたが、この考え方は、社内向け・社外向けを問わず、仕事で使うあらゆる文章に置き換え可能です。社内向けの報告書ひとつをとっても、単に“事実を伝える”という程度のゴールなのか、“部署全体、会社全体の効率性と生産性を高めよう”という狙いで設定したゴールなのかで、文面に盛り込む内容や書き方に大きな差が生じるはずです。
もっと言えば、その報告書を読む人は誰でしょう? 「数字にうるさいA部長」なのか。「仕事のスピードを重視するB課長」なのか。「部下の意欲を評価するCマネージャー」なのか。読む人のニーズを見極めながらそのつど文章を書き分けられる人は、文章を書いて大きなリターン(成果)を得られる人です。そのためには、読む人が“何を知りたがっているか”“何に困っているか”“どんな価値観をもっているか”“どんな性格か”“何を書くと喜ぶか”——といったニーズを把握しておく必要があります。
- 理想的なゴールを設定する
- 読む人のニーズを把握する
くり返しになりますが、この2つの準備を抜かりなく行うことができれば、その人が書く文章のクオリティは格段にアップします。これまで、何も考えずに文章を書き始めていた人は、ぜひ書く前の準備に力を入れてみてください。次回は、いよいよ文章の書き方編です。伝わる文章を書くためのポイントをご紹介します。