人名・地名 おもしろ雑学

日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。

交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。

著者プロフィール

森岡 浩(もりおか・ひろし)

姓氏研究家・野球史研究家。1961年高知市生まれ。土佐高校を経て早稲田大学政治経済学部卒。学生時代から独学で姓氏研究を始め、文献だけにとらわれない実証的な研究を続けている。一方、高校野球を中心とした野球史研究家としても著名で、知られざる地方球史の発掘・紹介につとめているほか、全国各地の有料施設で用いられる入場券の“半券”コレクターとしても活動している。

現在はNHK「日本人のおなまえっ!」解説レギュラーとして出演するほか、『名字の地図』『高校野球がまるごとわかる事典』(いずれも小社刊)、『名字の謎』(新潮社)、『日本名字家系大事典』(東京堂出版)など著書多数。

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岡部さんのルーツと岡部忠澄

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2016/05/23 10:47

岡部駅外観(埼玉県深谷市岡)

平安時代後期、埼玉県には武蔵武士といわれた多くの武士が割拠していた。彼らは住んでいる場所の地名を名字として名乗ったことから、埼玉県には名字のルーツとなった地名が多い。

JR高崎線に岡部という駅がある。ここは岡部さんのルーツの地である。ただし、「岡部」という名字には大きく2つの流れがあり、埼玉県の岡部は、そのうちの1つ小野姓猪俣党に属した岡部氏のルーツだ。もう1つ、静岡県藤枝市岡部町をルーツとする藤原南家の岡部氏もあり、ともに鎌倉時代には武士として活躍、各地に所領をもらって広がった。

そのため、能登や長門で活躍した岡部氏は武蔵岡部氏、東京都桧原村の岡部家や江戸時代の岸和田藩主の岡部家は駿河岡部氏の末裔と、2つの岡部氏の末裔は入り乱れている。

さて、埼玉県の岡部町は平成18年に深谷市に編入されている。JRの湘南新宿ラインの終点籠原駅よりも先で、埼玉県もこのあたりまでくると、さすがにベッドタウンというよりは地方都市の郊外に近い。

岡部駅で降りると、駅前の案内板には岡部六弥太忠澄と岡部氏について大きく記載があるなど、岡部忠澄を観光の材料として売り出したいようだ。

なお、岡部駅の住所は深谷市岡。この付近は台地の上にあたることから岡村といわれ、台地の下を岡下村と呼んだ。岡下村は現在では岡里となっている。そして、その近くが岡の辺(あた)りという意味で「岡辺」となり、のちに「岡部」に転じたといわれる。

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駅前の電柱には「岡」という住所が記載されている

 

岡部忠澄については次回。

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