「デジタル化すらできていないのに、うちのような中小企業にAIなんて無理」と思い込んでいませんか。ソニーのトップエンジニアにしてテクノロジーエバンジェリストの豊島顕氏いわく「AI時代には小回りの利く中堅・中小企業にこそ大きなチャンスが来る」。豊島氏の著書『ソニーのトップエンジニアが教える 中堅・中小企業のためのAI導入・活用の教科書』から、「はじめに」を公開します。
AI によって企業規模による格差はなくなる
私の所属するソニーフィナンシャルグループのソニー生命保険株式会社には、ライフプランナーという生命保険・金融のプロフェッショナルがいます。ITのバーチャルな世界、そしてプログラム言語で日々対話している私にとって、彼ら彼女らは現実社会に連れ出してくれるかけがえのない存在でもあります。
日々、ライフプランナーと会話を重ねるなかで、顧客である中堅・中小企業の経営者やそこで働いている社員の多くが、「AI」との向き合い方に対して不安を抱いていることを知りました。
AIとは、Artificial Intelligence(人工知能)の略です。コンピュータがデータをもとに学習(パターンや規則性を抽出)し、推論や判断を行なうなど人間の知的能力を模倣する技術を意味します。
詳しくは本文で触れますが、コンピュータの世界では長年、機械学習や自然言語処理などの研究が進み、予測分析や画像・音声認識などの分野では実用化もされてきました。そして、ついに2023年にChatGPTが広まると、その自然な対話能力や高度な文章生成能力が注目を集め、マスメディアはこぞって「人間を超える」と煽り、そこから極端にAIの話題に触れることが増えた気がします。
そこで私には「AI時代は中堅・中小企業にとって大いなる追い風ではないか」という強い想いが湧き上がってきたのです。
私は研究者ではなく、現場叩き上げのエンジニアです。AI・DXという言葉が流行する前から、ITの現場で活動し、ときには自ら開発を行ない、ときにはアドバイザーとして経営者を支えるなど、さまざまな立場でテクノロジーと向き合ってきました。
そんな私にとって、大企業の安定感はAI時代にはデメリットになるのではないかと感じる場面が増えてきました。いろいろなプロジェクトを通じて、「小回りの利く会社であればうまくいくのに」と思うことが増えてきたからです。
AI導入は従来のシステム開発とは異なり、試行錯誤を行ないながら前進していきます。大企業というのは大きな船ですから、度重なる会議や厳重な決裁・承認プロセスがつきものですが、それらは方向転換の妨げになり、目の前にある障害をクリアするのにも一苦労です。一方、小型船であれば、敏感に海面の状態を感じ取り、スピーディに動くことができるのです。
実際に私の経験からしても、AI導入のインパクトは大企業に軍配が上がるものの、最先端のAIを導入し、いち早く目的地に到達できるのは小回りの利く組織だと感じています。だとすれば、これからのAI時代には、むしろ中堅・中小企業のほうにチャンスが広がっているように思うのです。
その事実をわかりやすく伝え、AIのポジティブな側面に気づいてもらいたい。いまやDXの中心地となったAIをよく知ることができれば、きっとこのムーブメントを前向きに捉え、将来を見据えて明るく働けるはずです。
私は自分の職業を問われたとき、エンジニアではなく、「テクノロジーエバンジェリスト」と答えます。伝道師という意味で使われる言葉ですが、AIの本当の価値を伝えることで、世の中を前に進めたい、そして、働く人が元気になれば日本は元気になる、という思いで日々の仕事にあたっています。
AIがあまりにもセンセーショナルに取り上げられ始めたためか、その有効性や経済的な価値に懐疑的な意見も出ているようですが、近い将来、世界中の誰もがAIを使う時代が必ずきます。
現在でも大企業ではすでに業務の効率化だけでなく、新たなビジネス機会の創出に向けてAIが活用されていますが、今後、それは大企業だけの話にとどまらなくなるでしょう。AIの導入コストが劇的に下がっていくなかで、企業規模によるAI格差はなくなり、社員一人ひとりの能力がAIによって何倍にも拡張されていく未来が容易に想像できます。まさにAIは中堅・中小企業にとっての力強いパートナーになるのです。
AIはDX のメインエンジン
現在、ビジネスの現場でパソコンは欠かせないものとなっています。1980年代後半から1990年代にかけて、ワープロやパソコンが事務系の職場に導入され始め、2000年代に入るとインターネットの普及により、情報検索やメールでのコミュニケーションが日常化しました。
こうした業務効率化の流れは、かつて「IT化」と呼ばれ、近年では「DX(デジタルトランスフォーメーション)」といわれるようになって、かつてより広範なビジネス変革を促す概念へと発展しています。AIの導入・活用も、この流れの延長線上にあり、DXをさらに加速させる重要な要素として位置づけられています。
DXとは、企業がデジタル技術を活用して、業務プロセスを変革したり、新しいビジネスモデルを生み出したり、組織全体を継続的に進化させていく取り組みです。たんなるIT化とは一線を画します。このDXという大きな変革を旅路にたとえるならば、目的地にいち早く到達し、その歩みを加速させるための最も強力なエンジンがAIであることは間違いありません。AIを制するものが、DXを制するといっても過言ではない時代に突入しました。
ソフトバンクグループの創業者である孫正義氏は、「SoftBank World 2022」のスピーチのなかで、「いますぐDX・AI化を」と訴え、「AI革命こそがDXの行き着く先だ」と宣言しました。まさにその言葉どおり、DXからAX(AIトランスフォーメーション)へというのが時代の流れであり、多くの企業がいま、AI革命へと踏み出そうとしています。
これから企業のビジネス変革を語るうえで、AIを抜きにして話を進めることはむずかしいのです。たんにITシステムを導入し業務をデジタル化するだけでは十分ではありません。AIがこれらのシステムで生成された膨大なデータを処理し、そこから新たな価値を生み出すことで、真の変革がもたらされるのです。
本書では、従来から議論されているDXの要諦や基礎的な進め方については他書に譲り、AI活用、そしてAIトランスフォーメーションに焦点を当て、AIを活用したDXのポイントをわかりやすく解説していきます。とくに、近年注目を集める生成AIは、その高度な能力によって企業のDX手法を大きく変える可能性を秘めています。
こうした最新動向も踏まえ、中堅・中小企業がAI活用を成功させるための具体的な戦略や事例を紹介し、より効果的にその恩恵を受けるための道筋を提示します。
「 うちの会社にAIは無理」という人にこそ読んでほしい
「うちの会社はAIなんてまだ無理」、「デジタル化すらできていないから遠い話」と思っている方は多いことでしょう。しかし、そのような方にこそぜひとも本書を読んでほしいのです。
なぜなら、いままさに、AIは思っているよりもずっと身近で、誰でも活用できる道具になっているからです。また、AI導入を目指すことにより、社内にデータを使った判断や意思決定を行なう文化が自然と醸成され、DX が進んでいくことは間違いないからです。
本書はAIの初学者に向けて書いた本です。なるべく丁寧に、かつ専門用語を控えめに、あなたのそばで語りかけるように書き下ろしました。また、進化が激しいAI分野にあっても長く本書を手元に置いていただけるように。私の現場体験から抽出したナレッジふんだんに盛り込みつつ、なるべくその核となる部分に注目しているところが特長です。私がAIの講義やセミナーに登壇した後に、「初めてAIを理解できました」と感謝のコメントをいただくと、この仕事をやっていて良かったと心から感じることができます。
もし本書を読んで、初学者の方が少しでもAIに対する理解を深めていただけるのであれば著者冥利に尽きます。さらに、本書をきっかけにAIの活用・導入へのはじめの一歩を踏み出していただけるのであれば望外の喜びです。
一方、AIの導入経験が豊富で、すでに基礎知識をお持ちの方には少し物足りない内容かもしれません。ましてや、研究者やエンジニア向けの本ではありません。AIのテクニカルな開発・実装方法やアカデミックなアプローチをお求めの方には、もっと良い専門書は世の中にたくさんあります。私自身も素晴らしい書籍にこれまで何度も助けられてきましたので、そうした書籍をお読みいただければと思います。
また、昨今話題のChatGPTの使い方や、明日から使えるノウハウにフォーカスを当てた本ではないこともあわせてお伝えしておきます。
著者プロフィール
豊島 顕(とよしま あきら)
ソニーフィナンシャルグループ株式会社 テクノロジーセンター ゼネラルマネジャー
Corporate Distinguished Engineer
東京理科大学大学院理工学研究科修士課程を修了後、IT企業等を経てソニーライフ・エイゴン生命保険株式会社(現ソニー生命保険株式会社)に入社。その後、ソニーフィナンシャルグループ株式会社にて先端技術の研究開発をリード。現在はソニーグループのトップエンジニアに与えられる称号「Corporate Distinguished Engineer」に任命され、ソニーの技術の顔として活動中。