ユニークだけど何を表現したいのかわからない……自由奔放な作風から苦手意識をもたれがちな現代アート。そのイメージが一新し、「見る目が変わった!」「美術館に行きたくなった!」と話題の書籍『現代アートがよくわからないので楽しみ方を教えてください』(鈴木博文/美術解説するぞー)の「はじめに」を一部抜粋して公開します!

どうしてアートを解説するのか

はじめまして! 「美術解説するぞー」こと鈴木博文と申します。私は現在、主に2つの活動を行っています。

一つは、アートの制作を楽しんでいただく活動です。「× art|かけるアート」と名付けたスペースで、初心者の方でも気軽に作品制作を楽しめるセッションを開催しています。平たく言うと「大人向けの美術教室」ですが、セッションごとに美術にまつわる講義も併せて楽しんでいただくことで、制作と鑑賞の掛け合わせを味わっていただいています。

もう一つは、「美術解説するぞー」というSNSアカウントを通じた、美術解説活動です。こちらでは、話題の展覧会や歴史的な名作について、その見どころを美術史や時代背景の観点から解説しています。

この美術解説活動はまだ4年ほどで、以前は9年間、公立中学校の美術教員をしていました。大規模校だったこともあり、これまでおよそ5000名の生徒を受け持ったことになります。また、県内の美術教育研究にも関わって、様々な学校の美術の授業実践や生徒の反応を見てきました。

これまでのキャリアは決して華々しいものではないですが、たくさんの子どもたちと関わる中で、「美術の醍醐味を初心者にわかりやすく伝えること」には少し自信が持てた気がしています。

そして、アートは子どもたちが楽しむ前に、まずは大人が楽しんだ方がいいのではないかと強く感じ、2022年に退職、独立をしました。

大人にもアートを楽しんでほしい

なぜそう感じたのか。それは大人がアートを楽しんでいなければ、結局子どもにもその楽しさが伝わりづらいからです。たとえ目の前の生徒が美術の授業そのものは楽しんでくれていても、家に帰ると「親に作品を捨てられた」なんてこともありました。

ほかにも「美術は受験には使わないので、宿題を出さないでほしい」「美術は役に立たないし、食べていけないからねえ」といった悲しいご意見もたくさんいただいてきました。

10年の美術教育現場での経験に加えて、4年間のSNSでの美術解説の発信を通じて、改めて「アートは一部の天才のみが携わる崇高なもの」「浮世離れしていて、自分の生活には直接関係のないもの」と思っている方がまだまだ多いと感じています。

あるいは、「興味はあるけれども、まだ素晴らしさに実感を持つことができていない」という方も多いのではないでしょうか?

アート鑑賞を通じて得られる新しい感覚

アートは造形を使った一つの表現方法

独立してからは、ありがたいことにいくつかの企業にお声掛けをいただき、これまで何度かアート鑑賞についての講演をさせていただいたり、取材をお受けしたりしました。そこでいただいた感想を一部紹介させてください。


👤「歴史のお勉強というより、考え方や視点を知ることが大切で楽しいことがわかった!」
👤「切り口がとてもわかりやすく、初心者でも頭に入りやすいと思いました」
👤「小難しい学術書のような内容ではなく、まさに先生が生徒さんに興味を持ってもらえるよう、飽きさせないような語り口調や参加性が、聴講者としてはうれしい」「ところどころに身近なたとえを交えてくださるので、『そういうことか!』と腑に落ちる場面が多くありました!」
👤「美術の思考体系を知ってすごく身近に感じるだけでなく、ビジネスにおいても置き換えることができると思いました」

私が講演や取材でお伝えしているのは、これまでの美術教育の実践や研究で培ってきた知識やノウハウを大人向けにアレンジしたものですが、とても好評をいただいてありがたかったです。同時に、「大人こそアートには興味はあるが、それを知る術を知らなくて困っているのではないか」という思いがより強くなりました。

「アートは自由だ! ありのままに感じてみよう!」という楽しみ方ももちろんいいですが、手話やダンス、音楽、文字のように、アートは「造形を使った一つの表現方法」と捉えると、もう少し身近に感じていただけるのではないかと思います。アートは、手当たり次第めちゃくちゃにやっているわけではなく、それなりに「型」に則って表現されているのです。

美術館に行って今すぐ試したくなる

「型」があるからこそ自由が生まれる

「アートを型にはめるなんてありえない!」
「自由であることこそがアートの魅力では?」

そう思われる方もいるかもしれません。少し別の話をします。

古今和歌集をご存じでしょうか? 天皇の命により紀貫之(きのつらゆき)らが編集した、様々な身分の人が季節や生活の中の感動を詠んだ歌を集めたものです。

この時、紀貫之は和歌の様々な「型」を整えました。「四季に合わせた季語を用いること」「掛詞(かけことば)を使用すること(同じ発音の1語に2つ以上の意味を持たせる修辞技法)」などがそれにあたります。つまり、歌を詠む上での最低限の統一ルールを整備したのです。(※)

(ちなみに「梅に鶯(うぐいす)」「春は桜」「秋は紅葉」など日本人の四季に対する美意識を確立したのも、この古今和歌集が根底にあると言われています)

それまであまりにも「自由」であり過ぎたがために衰退していた和歌の文化でしたが、わかりやすいルールを整備することで、専門家ではない人々も関わりやすくなりました。その結果、貴族たちの間で頻繁に和歌を詠む会が開かれるようになり、さらには一般人にもその文化が広まり流行したそうです。

やがて、31文字という字数の定型をあえて崩した「字余り」や「字足らず」などの、より自由な表現も生まれました。つまり、「型」があることで、わかりやすく扱いやすい基準が生まれ、より自由な表現が生まれたのです。

もしもアートにも「型」があったら?

今日のアート鑑賞も、ルールが整備される前の和歌のような、手放しの自由の状態になってはいないでしょうか?

 「型」も「秩序」も何もない状態での自由は、自由ではなく放任であると私は考えます。行き過ぎたノーヒントの自由によって、アート鑑賞はしっくりこないモヤモヤとしたものになってしまっていると感じるのです。

まるで、まだ習ってもいない二次方程式を急に見せられて、「自由に解きなさい」と言われても、次の段に自ら式を書き出すことすらできないような感覚です。

また、「わからないままがいい」のだとか、「わからない状態を楽しむ」という意見もあります。しかし、「わからないことが楽しい」のではなく、「自分では気づかなかった世界に、アート作品を通じて触れることで価値観が変わる」のがアートの醍醐味だと私は思っています。

もしもアートに「型」があったら、あなたのアート鑑賞はどう変わるでしょうか。

アートを「よくわからないけれどおそらくすごいもの」ではなく、「実感をもって素晴らしいもの」として鑑賞をより楽しむことができそうな気がしませんか?

不思議なことにアートを整理したり因数分解したりしようとする動きや、アートを噛み砕いて型を整備し、啓蒙を図る文献はなかなか見当たりません。

「アートは決めつけられないもの」
「一部の変わり者がたどり着く一般には理解しづらい世界観」

それが世の中のイメージかと思いますが、実はそんなことはありません。どの分野にも存在する流行や系譜が、アートにもちゃんとあるのです。

アート鑑賞での感じ方、考え方を決めつけるつもりはありませんが、実はある程度決まっているアートの「型」を知っていただけたら、より気軽に鑑賞を楽しめるようになるのではないかと思い、この本を書きました。

アートの世界を深く味わうことができるようになる「9つの型」をご紹介しています。本書をきっかけに、より「自由」なアート鑑賞の楽しさを知っていただければうれしいです。

9つの型で「なにこれ?」が「なるほど!」に変わる

著者プロフィール:鈴木博文(すずきひろふみ/美術解説するぞー)

1990年東京都生まれ。東京学芸大学教育学部美術専攻卒。公立中学校正規美術教員を9年勤務後、「子どもよりもまず大人に美術の楽しさを知ってほしい」と 2022年2月に退職・独立。現在は「美術解説するぞー」として、執筆活動や、誰もが制作を楽しめる教室「×art|かけるアート」を運営しながら、X(旧Twitter)やInstagram、YouTubeで「なんとなくからなるほどへ」をモットーに、美術史や美術鑑賞が楽しくなる「視点」をわかりやすく解説。その他、企業で鑑賞ワークショップや、展覧会解説アンバサダー、講演などを行っている。

※参考:鈴木宏子『「古今和歌集」の創造力(NHKブックス No.1254)』NHK出版、2018年 NHK(2023年1月10日放映)「紀貫之 “和歌ブーム”を巻き起こせ!」『先人たちの底力 知恵泉』[テレビ]