生産性向上のためにも、人手不足に対応するためにも、もはや中小企業のデジタル化は待ったなしの状況です。『中小企業のための会社を正しくデジタル化する方法』(小社刊)の著者が、資金も人材も限られる中小企業がデジタル化に成功する方法を解説します。
※本連載は月刊「企業実務」に連載されている「絶対に失敗しない! デジタル化の進め方」を転載したものです
「やったつもり」が多い業務可視化の実際
今回は、デジタル化を進めるうえで避けて通ることができない「業務プロセスの可視化」の方法について解説します。この作業の方法は、ITベンダーも教えてくれることは滅多にありません。多くの場合、企業が自力で進めることとなり、デジタル化プロセスのなかでも最難関のステップと言えるでしょう。
企業からデジタル化の相談を受けたとき、筆者は必ず、業務可視化の話をします。すると「可視化ならできていますよ」とおっしゃる社長がかなりの割合でいます。
しかし、その可視化は、実際にはまったく不十分なものである場合が多いのです。
たとえば、仕事のやり方を手順化した「業務手順書」を示して「可視化されています」と言われるケースがあります。事細かく業務手順を記載したマニュアルのようなものですから、これで可視化してあると考えても仕方ないかもしれません。業務の流れをフローチャートにした「業務フロー図」を見せていただくケースもあります。これもこれで、可視化してあると思われても仕方ないでしょう。
しかし、我々が進めなければならないのは、「会社のデジタル化」です。どこをどうデジタル化すれば、どのような課題が解決され、どのような効果が得られるのか、「デジタル化の目論見」を立てられるような可視化でなければ、残念ながら不十分なのです。
ISO認証を得ている企業の場合、品質保証体系図を示しつつ「可視化してあります」と言われるケースが多くありますが、これも品質保証のためには必要十分であっても、デジタル化検討のためには不十分です。これらの場合、「可視化の粒度が粗すぎる」ため、それぞれの業務の内容が判然とせず、ましてや業務課題も不明確なままです。
これらの資料がまったく使い物にならない、とまでは言いませんが、デジタル化の目論見をはっきりさせるための情報としては不足です。これらをもって「可視化はできている」と称するのは、残念ながら「可視化したつもり」というレベルと言われても仕方ないのです。
「業務プロセス管理図」による可視化のススメ
では、どのような粒度で可視化をすれば、「つもり」ではなく「できている」ことになるのでしょうか? 私は、「業務プロセス管理図」という手法を可視化のためのツール・目安としてお勧めすることにしています。その代表的な例を示したのが下の図です。
まず、横軸に登場人物を並べます。この例では受注業務を可視化しているので、一番左側に営業部が登場しています。その右が受注伝票を処理する業務部、そして、その右が倉庫や原材料・製品の現物を管理している資材部、と続きます。
実際の会社組織では、これ以外に顧客や製造部門、品質保証部門など、もっと大勢の登場人物が必要ですが、この例では省略してあります。
縦軸は、業務の時系列の流れになります。この例では、受注関係業務が書き並べられています。まず営業が受注書を受け取り、それを業務部が受注登録する……といった具合です。
「なんだ、ただの業務フロー図ではないか」と思われる人もいるかもしれません。しかしよく見ていただきたいのですが、吹き出しがいくつかありますね。実は、これがミソなのです。
この吹き出しは、その業務で発生している業務課題を説明しているものです。つまり、業務フロー上の“困っていること”です。そしてその課題は、ピンポイントで各業務に結び付いています。漠然とした問題や困りごとではなく、解決するべき課題になっているということです。
逆から説明すると、もっとわかりやすくなります。
たとえば、社長や現場担当者が、何か困っていることや解決したいことを抱えているとします。そして業務を可視化した際、その課題や困りごとを業務に関連付けて説明できない場合、つまり上図のように吹き出しで書き表わすことができない場合は、まだ、それらの困りごとの原因を特定できていないことを示しています。
同時に、業務の分解の粒度が粗すぎることも表わしています。すなわち「業務の可視化」とは、会社や現場担当者が抱えている問題や課題をとことんまで説明できる状態にすることと同義なのです。
これをきちんと完遂することによってはじめて、会社のデジタル化の方針が描け、その効果を目論むことができるのです。したがって、冒頭で述べたとおり、課題との紐付けもなく業務の流れを単純に画に描いただけでは、可視化が完成しているとは言いがたく、「可視化したつもり」でしかないのです。
以上のように、「業務の可視化」は会社のデジタル化にとって避けては通れない、中途半端にはできない作業です。
社員の定着率と業務可視化の関係
話が横道に外れますが、業務可視化は社員の定着率と強い関係性があることにも着目するべきでしょう。
ときどき中小企業の社長から、「事務担当を採用しても、すぐに辞めてしまうんですよ。どうもベテラン社員とうまくいかないみたいで……」という話を聞くことがあります。会社の内情をお聞きしてみると、業務の可視化が不十分で、何もかもベテラン社員の頭のなかに入っている状態が多いことに気が付きます。
例外処理も全部ベテラン社員に属人化しているので、新人が入ってもなかなか仕事を覚えられませんし、いつまでもベテラン社員に聞かないとわからない、という状態が続きます。さらにその仕事の目的を説明されることも少ないため、やっている仕事に満足感を得られない……。
これが続くと心理的なストレスとなり、会社に居にくい状態が生まれ、やがては辞めてゆくということになります。社員の定着率に課題を抱えている会社は、業務の可視化によって改善できるかもしれません。この点でも、業務を可視化することを考えてみるべきです。
著者profile
鈴木純二(すずき・じゅんじ)
ベルケンシステムズ代表取締役。IT導入コンサルタント。大手OA機器メーカーでハードウェアエンジニアを経験後、情報システム部、ネット経営戦略責任者等を歴任。独立後、製造業、サービス関係の企業のIT導入を支援する事業を展開する。