SaaSなどに代表されるWeb上だけで完結するサービスと異なり、現物を扱う事業の場合は必ず在庫管理や物流と言ったロジスティクスの課題が付きまといます。そのため、それらの課題を解決し全体最適化を図るSCM(サプライチェーンマネジメント)の重要性はここ20年ほどでうなぎ上りで増しています。

そこで、資生堂やNECなどグローバル企業で需要予測に携わりながら、大学の講師として教鞭をとる山口雄大氏の新刊『サプライチェーンの計画と分析』の内容を交えながら、最新のSCMに関する知見を短期集中連載でご紹介します。

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混乱で実感するSCMの価値

2010年からの10年以上、化粧品や日用雑貨品の需要予測を担ってきた経験の中で、最も印象的だったサプライチェーンの危機は、2014年の10月から激増したインバウンド需要 によるものでした。このタイミングで化粧品などが免税対象になり、また日本が国をあげて訪日キャンペーンを実施し始めていたため、訪日外国人数とインバウンド消費が共に急増したのです。

もちろん、あらゆる商品の売上が急増したわけではなく、商材によって違いはあったものの、次の特徴を備えたものが人気になったと言えます。

  • グローバルにおけるブランド、商品の認知度
  • 企業やブランドに対する信頼感
  • 高機能による顧客価値
  • 各国の慣習や文化に合ったデザインや色、配合

このとき、売上規模が過去の数十倍以上になる商品もあり、一方で原材料や部品の手配、生産キャパシティや人員などを数ヵ月で同様に増やすことはむずかしく、化粧品や菓子、医薬品、電化製品などにおいて過去10年にはなかった水準の欠品が発生したのです。

SCM(Supply Chain Management)部門の関係者は相当大変だったのですが、CEOだけでなく、人事部門や営業・マーケティング部門などもSCMの重要性に気づくこととなりました。

これは需要(変動)ドリブンのサプライチェーン危機と言えますが、2020年以降、世界で広がったパンデミックでは供給ドリブンのサプライチェーン危機に見舞われました。半導体不足は自動車やスマートフォン、工場用ロボットなどの業界で生産遅延を引き起こしたと聞きますし、工場の稼働停止はより広い業界の供給を遅らせる要因になりました。

日頃はSCM担当者の尽力のおかげで、各業界はさまざまな商品を安定的に供給できているわけですが、平時ではあまりその貢献には光が当たりません。しかし、こうした大きな外的環境の変化などによってサプライチェーンが混乱すると、その価値が多くの関係者に伝わるのです。

欠品と過剰在庫はくり返す

こうした大規模な需要の急増や供給の遅延などによって、長期にわたる欠品が発生すると、短期的な販売機会の損失に加え、サプライチェーンパートナーからの信頼の失墜という、より大きなビジネス影響が発生します。これを防ぐため、企業は必要以上に原材料を確保したり、増産を行ったりする場合があります。

この結果、需要や供給が落ち着いてくると、今度は過剰在庫が問題になるのです。過剰在庫は欠品ほどすぐには問題になりにくく、決算のタイミングなどでフォーカスされます。しかし、実はこの時点からの対処では遅く、本来は適切なSCMによって早期に在庫を制御しなければなりません。

在庫は目に見える管理費を増加させるだけでなく、適切に抑制できていれば他の領域に投資できたはずのキャッシュを逸失しているというネガティブなビジネス影響があるためです。さらに、たとえば工場の生産ラインの増強といった設備投資を行っていた場合、基本的には廃棄、売却などはむずかしいため、過剰在庫よりも対応に苦慮することとなります。

このように、SCMには欠品と過剰在庫の抑制という2つの目標があり、これらは売上のトップラインと利益を伸張させるというより大きな目的につながっています。留意すべきは、販売機会の損失やコストの増加を防ぐという短期的なメリットだけでなく、サプライチェーンパートナーからの信頼維持や、顧客生涯価値(Life Time Value)という長期にわたる売上の確保、投資原資の創出という、数値では評価しづらいより大きなメリットがあることです。

後追いかつ受け身のSCMでは、いつまでも欠品と過剰在庫という負のサイクルから抜け出せません。SCMの変革をリードするためには、標準知識と進化のトレンドを踏まえて、各社に合った目的とマイルストーンを描けることが重要です。

そしてSCMの変革を経営層に提案するのに適したタイミングは、有事による混乱が落ち着いた直後です。もちろん、ROI(Return on Investment)の定量的な試算などは必要ですが、それよりもSCM担当者以外のステークホルダー、特に経営層がSCM変革の必要性を実感していることが重要なのです。

SCM変革においては、各社のサプライチェーンのどこにボトルネックがあるのかを特定することが必要になります。このためには、サプライチェーンにある多様な機能について理解しておかなければなりません。

参考文献


著者profile

山口雄大(やまぐち・ゆうだい)
NECのシニアデータサイエンティスト兼、需要予測エバンジェリスト。青山学院大学グローバル・ビジネス研究所プロジェクト研究員。東京工業大学生命理工学部卒業。化粧品メーカー資生堂のデマンドプランナー、S&OPグループマネージャー、青山学院大学講師などを経て現職。JILS「SCMとマーケティングを結ぶ!需要予測の基本」講師などを兼職。

実務家向け番組「山口雄大の需要予測サロン」でSCMの知見や事例を発信する他、数百名のデータサイエンティストと協働して様々な業界のSCM改革をデータ分析で支援。「需要予測相談ルーム」では年間50社程度にアドバイスを実施している。Journal of Business Forecasting(IBF)や経営情報学会などで論文を発表。

著書に『すごい需要予測』(PHP研究所)や『需要予測の戦略的活用』(日本評論社)、『全図解 メーカーの仕事』(共著・ダイヤモンド社)、『新版 需要予測の基本』(日本実業出版社)など多数。

現在NECのサイト上で、SCMをデータサイエンスでどう進化させるべきかについて15分で分かりやすく解説した「山口雄大の需要予測トーク!」の「競争力を生み出すSCMデータサイエンス」回を公開中(詳しくは以下のバナーをクリック/タップ)。