日本で一番多い名字は佐藤で、2番目が鈴木といわれています。しかし、「本当?」と思っている人も多いのではないでしょうか。東京の周辺に住んでいる人は違和感がないでしょうが、関西の人だと、一二を争うのは山本と田中だろう、と思っています。
交通が便利になって、東京からだと、離島や山中を除いてほとんどの所に日帰りできるようになりました。でも、日本は狭いようで、まだ地域差は残っています。そんな日本を名字や地名からみつめ直してみたいと思っています。
2024/03/26 10:00
修善寺温泉の中心修禅寺からさらに西に進むと、竹林の小径という細い道が現れる。両側に竹が茂った遊歩道で、ここで写真を撮る人も多い。道の真ん中にある椅子に寝転がって、視界の両側から空に向かって伸びる竹を楽しむ人もいる。
この竹林の小径を抜けてさらに進むと、「赤蛙公園」という公園があった。別に大量のカエルがいるわけではない。島木健作の代表作「赤蛙」に因んだ公園だ。
島木健作は戦前の小説家で、「赤蛙」は没後の昭和21年に発表された遺作である。戦時中、肺結核を患っていた島木健作は一人で修善寺温泉を訪れた。事前に予約していたにもかかわらず一人客として冷遇され、陽のあたらない小部屋に通されたため、不満を抱えて日中は外に出てぼんやりと過ごすことが多くなった。
そうした中、温泉の中を流れる桂川の中洲で見つけたのが1匹の赤蛙である。中洲から向こう岸へ渡ろうとしているのだが、そこは流れが早く流れさてしまう。しかし、下流で顔を出すと再び元の位置に戻ってチャレンジする。
「道風の雨蛙は飛びつくことに成功したがこの赤蛙はだめだらう」という予想通り、赤蛙は流されて最後は渦の中に消えてしまった。肺結核を患っていた島木はこのあとまもなく病死する。
死期を悟っていたであろう作家が、自らを無謀なチャレンジを繰り返す赤蛙と重ねることで改めて「生」の意味を知り、翌日には新たな気持ちで宿を去ることにするという短編である。
かつては新潮文庫から短編集が刊行されており、筆者も高校生の頃に読んだことがあるが、今では島木健作の作品は文学全集くらいでしか読むことができないだろう(青空文庫にはある)。「赤蛙」を読んだことがある人は少なく、赤蛙公園には全く人気がなかった。