「デジタル完結」で失うもの
テレワークや在宅勤務の導入が進む中、思いがけないコロナ・ショックによってその流れが加速しています。しかし、性急な変化に多くのビジネスパーソンは課題を感じているようです(#SHIFT「新型コロナでテレワーク導入企業は3倍以上に増加も『業務効率上がった』は少数派 成功のカギは?」)。
ビジネス書のベストセラーを持つ作家であり、「1枚」ワークス(株)の代表として企業研修や講演登壇を行う浅田すぐる氏も、テレワークやビジネスチャットの利用など「デジタル完結」型の仕事が一般的になるにつれ、ビジネスパーソンから「ある力」が失われていくと考えています。
「ある力」とは、自身の仕事について「考え抜く力」。浅田氏の新著『説明0秒! 一発OK! 驚異の「紙1枚!」プレゼン』の中で、ある管理職の嘆きが紹介されています。
ビジネスチャットのせいで、コミュニケーションの質が下がりました。
部下は大した考えもなく、すぐにチャットで話しかけて報告・連絡・相談をしてきます。数年前から、社外で働くことが広くOKになってしまったので、どこにいてもチャットで捕まえられてしまい逃げ場がありません。
せめてもう少し、自分なりに考えてから話しかけてほしいです。
何が言いたいのかさっぱりわからない、というより部下本人もわかっていないことが多く、あれこれ確認していたらあっという間に時間が経ってしまいます。業務効率化になんてまったくなっていないですよ。
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業務効率化に役立つはずのデジタルコミュニケーションのツールが、「深く考えることなく仕事をするビジネスパーソン」を助長するのだとしたら……。なんとも皮肉な話です。
「考え抜く力」を鍛えるには
「考え抜いて仕事をする習慣」を身につけた人でないと、デジタル化するビジネスコミュニケーションにうまく対応することができません。普段から自分で深く考える習慣を持たない人が、手軽でデジタルなコミュニケーションに頼りすぎると、まるでスマホで検索するような感覚で外に答えを求めてしまいます。これが常態化すると「薄っぺら」なコミュニケーションが社内にはびこり、かえって時間効率は下がってしまうでしょう。そうした状況を浅田氏は端的にこう表現します。
「考え抜く力」を高めていくための基本動作が、
「デジタル完結」のワークスタイル普及によって、失われつつある。
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「考え抜く力を高めていく基本動作」とは、いったいどんなものなのでしょうか。浅田氏はその答えを、自身のキャリアをスタートさせたトヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)で定着していた「あるワークスタイル」に見出しています。
当時のトヨタには、仕事におけるあらゆるコミュニケーションについて、「紙1枚」を携えて実施する企業文化がありました。
企画書、報告書、分析資料、スケジュール確認、キャリア面談等々、とにかく手ぶらではコミュニケーションを行なわない。何かしら手元に紙がある状態で、提案や報告・連絡・相談等をする。
明文化されたルールとして決まっていたわけではありませんが、7万人の社員の大半が、このようなワークスタイルを基本動作にしていました。
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トヨタの「紙1枚」資料は、例えば以下のようなものです。
報告や提案を「紙1枚」の資料に収めなければならないという制約があることによって、資料作成者は自身の担当業務について「考え抜かなければ」なりません。自分の思考を整理したうえで、資料を見る相手に伝えるべきポイントを絞り、順序良く配置していく。その過程で、次のような問いが自然に浮かんできます。
「煎じ詰めると、今回自分が言いたいことは何なんだ?」
「突き詰めていくと、主たる原因はどこにあるんだ?」
「結局のところ、実現に向けた最大の障壁は何だと思えばいい?」
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デジタル時代だからこそ「考え抜く力」が大事
トヨタの社員たちは日常的に、仕事のあらゆる場面で、このような自問自答を繰り返しているそうです。この問いによって彼らの「考え抜く力」が鍛えられているわけです。
他方で、多くの職場ではペーパーレス化やビジネスチャットの普及により「いちいち紙にまとめる必要はない」と、資料作成の機会を減らしていっています。もちろんメリットもあり、効率が良くなる部分もあるでしょう。
浅田氏も、こうした状況を否定しているわけではありません。ただ、「資料作成の機会が減ることによって、自身の担当業務について考え抜く機会もまた減っているのだということに気がついてほしい」と、ビジネスパーソンに警鐘を鳴らしているのです。
浅田氏はトヨタで学んだ資料作成のプロセスを独自に体系化し、思考整理から資料作成、プレゼンまで一気通貫できるノウハウにまとめました。その具体的な方法を公開したのが、『驚異の「紙1枚!」プレゼン』という新著です。
テレワークやチャットでのコミュニケーションが一般的化していくこれからの時代に、私たちビジネスパーソンはどう対応していけば良いのか。「自分の仕事について考え抜き、本質を見極め、相手に伝える」という本書の内容は、こうした問いについて考えるための最適な書籍となりそうです。