なぜうまく教えられないのか

「名選手は名監督にあらず」は、スポーツ界だけでなくビジネスの世界にもあてはまります。とくに「営業」にその傾向は強く、売りまくっていた営業マンが部下を指導する立場になると、思っていたような成果を出せなくなる、といったケースは多いようです。

リクルートでトップ営業となり、現在はセールストレーナーとして活動する渡瀬謙さんは、著書『トップ営業を生み出す 最強の教え方』でその理由を5つ、明確に指摘しています(第1章「営業をうまく教えられない5つの理由」)。そのなかでもとくに重要に思えるのは、次の2つの指摘です。

  • 無意識で行っていることは教えようがない
  • なぜ売れるのかを論理的に説明できない

こんなエピソードがあります。「内向的で無口な、まったく売れない営業マン」だった新人時代の渡瀬さんは、売れている先輩たちに「どうしたらそんなに売れるんですか?」と質問しました。すると先輩たちからは、

「そんなのは、お客さまと仲よくなればいいんだよ」
「雑談だけで売れるよ」
「お客さまの話をよく聞くことだね」

など、「それだけじゃ売れないでしょう」というような答えしか返ってこなかったそうです。

売れる理由はあるはずなのに、先輩たちは「どうして売れるのか」を説明できない。なぜなら、売れる人の多くは無意識に「売れる行動」をとっているから、説明しようがないのです。

教えてもらうことをあきらめた渡瀬さんは、売れる先輩たちの行動をじっくり観察しました。そのうち、彼らの仕事の方法には共通するベースがあることがわかってきました。そしてそれらを実践するうちに売れ始め、数ヶ月後には全国トップになることができたそうです。

営業の仕事を「見える化」すると

渡瀬さんは、営業の仕事を大きく6つに分けて考えています。それを時系列に並べたのが「営業の6ステップ」です。

目新しいものはありませんし、営業マンなら誰もが知っているプロセスでしょう。

しかし、渡瀬さんは「売れている営業マンでも、各ステップの目的や役割をしっかりと理解せずに、自分の感覚や思い込みで無意識に行動している人が多い」と指摘します。

このあたりに、「なぜ売れるのかを論理的に説明できない」「部下に教えられない」理由がありそうです。

『トップ営業を生み出す 最強の教え方』で渡瀬さんは、「営業の6ステップ」の役割と目的、それぞれの関連性をわかりやすく解説しています。そして各ステップの「指導ポイント」も示してくれるので、部下指導に悩む営業マネジャーが参考にしたい内容です。

ここでは、第3章「営業を6つのステップで整理する」から、重要なステップなのに意外に見落とされがちな「アイスブレイク」についての解説と、部下を指導するときのポイントを紹介します。

(以下は、同書の58~66ページを一部再編集のうえ掲載したものです)

商談の行方を大きく左右する「アイスブレイク」

勘違いされやすいアイスブレイク

客先で気さくに話し始める営業マン。明るい性格で話もうまい。でも彼は売れない営業マンでした。

お客さまを訪問したときにまず行うのが「アイスブレイク」です。場を温めるとか雑談などとも言われますね。彼も自分ではアイスブレイクを行っているつもりなのでしょうが、少々勘違いしているようです。あなたなら彼にどんなアドバイスをしてあげますか?

「仕事の話の前には何かしらの雑談をしなさい」
「まずは場を和ませることが大切だ」
「いつでも話ができるように雑学ネタをストックしておくといいよ」

ついこんな感じで教えがちですが、じつはすべてピントがずれています。はっきりいってこれらのアドバイスでは、効果的なアイスブレイクにはつながりません。むしろ勘違いさせてしまう可能性もあります。

そもそもアイスブレイクとは何かを、あらためて理解しておきましょう。

お客さまの警戒心を取り除く

初対面の相手に対していきなり仕事の話をし始めても、まともに聞いてはくれません。それがどんなに上手な説明だとしても通用しません。その理由は、営業マンに対して警戒しているからです。

まだ素性もよくわからないような相手の言葉を素直に聞こうとしないのは、いまや当然のことです。とりわけ営業マンに対しては、いい話を聞きたいという期待よりも騙されたくないという疑いの気持ちが強いものです。

ですから、まず相手の警戒心を取り除く作業が必須なのです。これがアイスブレイクの目的です。まずここをきちんと押さえておかないと、「何か適当な話をすればいい」などと間違った指導になりがちです。

警戒している人に安心してもらうためには、とても効果的な手段があります。

それは、「相手にしゃべってもらうこと」です。話の内容やおもしろさなどは気にする必要はありません。いかにお客さま側にたくさんしゃべってもらうかが、アイスブレイク成功のコツなのです。

これは心理学的にも言えることで、人はしゃべるほどにリラックスしていきます。そして話をきちんと聞いてくれる相手に対して信頼を寄せていきます。ですから、営業マンが意識すべきは、自分の話で盛り上げることではなく、いかにしてお客さまにしゃべってもらうかということです。

基本は質問して答えてもらうことの繰り返し

相手にしゃべってもらう雑談のきっかけとは、ずばり「質問」です。質問して答えてもらうこと。その繰り返しこそが、アイスブレイクの基本パターンなのです。

とくに会話が苦手な人にありがちなことですが、どうしても「自分が何かしらの話をしなければならない」と思い込んでいる傾向が強いのです。

相手にしゃべってもらうことよりも、自分がしゃべることを優先してしまう。しかも口下手だったりすると言葉が出ずに焦り出す。そして沈黙になってさらに会話にならなくなる。相手の警戒心が解けないので結果も出ない。そんな人には「気軽に会話をすればいいんだよ」というアドバイスでは通用しないことも知っておいてください。

会話のきっかけに最適な質問とは?

次に質問の内容を掘り下げていきます。できるだけ効果が高くて、しかも簡単にできる質問の仕方を部下に教えたいですよね。

アイスブレイクに適した質問とは、

  1. 相手が答えやすい質問
  2. 相手がたくさんしゃべってくれる質問

です。この条件を満たしていれば、誰でも効果的なアイスブレイクが可能になります。

まず想定すべきはお客さまの頭のなかです。相手が知らないことを質問しても、理想的な答えは返ってきません。むしろ答えてくれずに黙り込んでしまうこともあります。

したがって、相手が知っていることや興味があることを聞くことが重要です。

しかし相手の頭のなかなどそう簡単にはわかりません。ましてやお互いに初対面だとしたらどうでしょう。情報ゼロの状態というのは営業ではよくあることです。

そんなときは、「相手が知っていそうな話題を使う」ことで解決できます。

たとえば、相手の身のまわりのものや、通勤路などの生活圏内のことなどを観察することで、話題を見つけられます。例をいくつか挙げてみましょう。

これらに共通するのは、すべて相手サイドの話題になっていることです。

実際にアイスブレイクがうまい人は、このような話題で会話のきっかけをつくっています。常に相手やその周辺をチェックしていて、それをごく自然に使っています。

自分サイドの話ではなく相手サイドにフォーカスすることが重要です。

論理的に理解できれば誰でも成果を出せる

これまで、アイスブレイクは感覚的なもので教えるほどのものではないと思われている風潮がありました。じつは論理的に説明できるのです。

とくに売れずに悩んでいる人というのは、このアイスブレイクの壁でつまずいていることが多いので、ここをクリアできることですぐに売れる営業マンに変わったりします。

相手にしゃべってもらうことを意識すればいいので、口下手な営業マンからはありがたがられるでしょう。また、しゃべりに自信があるという人のなかには、自分でしゃべりまくることがアイスブレイクだと思い込んで失敗しているケースもあります。

さらに、これまで自然にできていた人には、理論を教えることでより精度の高いアイスブレイクが可能になります。

ぜひ、正しい方法を伝えることで、営業マンを次のステップに移行させてください。


著者プロフィール

渡瀬 謙(わたせ けん)

サイレントセールストレーナー。有限会社ピクトワークス代表取締役。リクルートで異色な「無口な営業スタイル」で入社10か月目で営業達成率全国トップになる。94年に独立し、内向型で売れずに悩む営業マンの育成を専門に、全国でセミナーや講演などを行なう。500件以上の営業指導経験から、独自の教育法やトーク立案、営業マニュアル作成にも定評がある。『「内向型の自分を変えたい」と思ったら読む本』(大和出版)、『本音を引き出す「3つの質問」』(日本経済新聞出版社)、『トップセールスが絶対言わない営業の言葉』(日本実業出版社)など著書多数。

公式ホームページ http://www.pictworks.com
Twitter http://twitter.com/kenwatase